伊藤忠商事 IT・デジタル戦略部長 五十嵐学氏(右)と
SAPジャパン 代表取締役社長 鈴木洋史(左)
繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食品などの各分野において、国内外で幅広いビジネスを展開し、世界60か国に約90の拠点を持つ大手総合商社である伊藤忠商事株式会社(以下、伊藤忠商事)。同社では2019年より、SAP S/4HANA® Cloudの導入による次世代海外基幹システム「G-SAP」の構築を開始。2020年11月北米現地法人の本稼働を皮切りに、2021年4月に北米グループ会社の本稼働を迎えました。SAP Japan Customer Award 2021 で「Transformation部門」を受賞した同社が次世代G-SAP構築おいて徹底的なFit to Standardに取り組んだ狙いと背景、プロジェクトの経緯と今後の展望についてお聞きしました。
時代遅れになってしまった海外基幹システム(G-SAP)を再構築
伊藤忠商事は、1858年に初代伊藤忠兵衛が麻布の行商で創業したことに始まり、一世紀半にわたり成長を続けてきました。現在は世界60か国に約90の拠点を持つ大手総合商社として、繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食品などの各分野において、国内外で幅広いビジネスを展開しています。同社の組織はコーポレートと8つのカンパニーから構成されています。全社DXを担うIT・デジタル戦略部は、コーポレートに属するCDOおよびCIO直下の組織で2021年4月に発足。各カンパニーの経営企画部下の情報化推進室と連携して事業会社のDXを推進しています。
現在、同社では本社においてもSAPソリューションを利用していますが、初めてSAPを導入したのは北米の伊藤忠グループで1996年のことです。その後、2002年より北米SAPをベースとした海外基幹システム「G-SAP」を開発および構築し、アジア・欧州ほか25か国、40拠点に展開してきました。G-SAPは本社とは異なり、当初よりパッケージを採用。このようなケースでは、業務側の主管となることが多いですが、同社では本社が主管してきました。
こうしたなか、G-SAPの導入から20年超が経過し、さまざまな課題が浮上してきました。IT・デジタル戦略部長代行兼DXプロジェクト推進室長の浦上善一郎氏は以下のように説明します。
「導入時のモディフィケーションや長年にわたる追加対応により、さらなる改善や新規ビジネスプロセス、イノベーションへの対応が困難になっていました。さらに、使い勝手が悪くなったことに加え、UIやオペレーションが煩雑になってしまっていることにより、本来ERPとしてカバーしているプロセスや提供機能が使われなくなっている実態がありました」
パッケージであるにもかかわらず、手を入れることが常態化し、モディフィケーションは3,000オブジェクト、アドオンプログラムは500本にも上っていました。一方で、本稼働後しばらく経った後には、SAP ERPの外で、Excelで別途管理しているケースも見られるようになりました。このような状態を招いたのは「使い勝手に課題もあり、実際のオペレーションに負荷をかけてしまっていたことがあったから」だと浦上氏は語ります。こうした背景があり、同社は“次世代G-SAP”の構築へと舵を切ることになります。
次世代海外基幹システム再構築の背景
Fit to Standardを徹底するためにGreen Fieldを選択
次世代G-SAP構築プロジェクトの方針は「業務全体のデジタル化」「イノベーション創出のための機能拡張」「長期安定運用とサポート」という3つです。
「まず、SAPの外で台帳管理を行うアナログなケースもあったため、業務全体をデジタル視点で見直す必要がありました。そして、5年おきにシステムを再構築するというようなことはもう止めにしようという話になった。それではビジネスの変化に追いつけないからです。ビジネス変化に柔軟に対応できるよう、イノベーションと機能拡張をリンクさせることができる、また、長期的にかつ安定的な運用が可能なプラットフォーム構築を目指しました」(浦上氏)
自分たちのやりたい仕組みでシステムを構築すると、現状が頂点になってしまい、変化に乗り遅れてしまう。そのような危機意識から、ビジネス上の競争力をうまないところの業務については特に標準に合わせていくべきという方針で一致。再構築はGreen Field(新規導入)アプローチで行うことを決断します。「既存環境上で導入するBrown Fieldでやるよりも、Green FieldのほうがFit to Standardを徹底できる」(浦上氏)という考えがそこにはあったといいます。
次世代G-SAPのシステム化方針
プロジェクト推進では、プロジェクトオーナーを北米現地法人CFOと本社IT・デジタル戦略部長の五十嵐学氏が担い、プロジェクトDMC(Decision Making Committee)に北米現地法人の財経責任者とシステム部門責任者のほか浦上氏が就き、業務とシステム両輪の一体運営を目指しました。IT・デジタル戦略部部員がPMを務め、伊藤忠商事、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)および伊藤忠商事の海外IT事業会社であるCISD(CISD(ASIA)CO.,LTD.)の3社によるOne Team体制でプロジェクトを推進。また、プロジェクトを推進するうえで、外部リソースも柔軟に活用しました。それがSAPのIBSO(Innovative Business Solutions Organization)やPE(Premium Engagement)です。
「アドオンプログラムの画面開発ではSAPインドのIBSO部隊が協力してくれました。おかげさまで、3か月程度で質の高いものを作れましたね。PEについては2016年から活用してきました。プロジェクトを回していくなかで、新しい技術を利用する際は心強い存在。SAP Fioriの画面開発では強力なアドバイスやサポートをいただきました。これからも、必要に応じてぜひ協力を仰ぎたいです」(浦上氏)
プロジェクト推進体制
徹底的にFit to Standardを推進してモディフィケーションを全廃、アドオンプログラムは90%削減
同社では2019年度よりFit to Standardの実現性を検証し、SAP S/4HANA Cloud on Azureへの新規導入を決定します。SAP S/4HANA Cloudを選択したのは、拡張スピードの向上が期待できることに加えて、SAP Basisによる将来の運用を考慮したためです。SAP® Concur®など、ほかのシステムとはAPIでシームレスに連携。データドリブン経営を支えるデータ分析機能を提供し、ワークフロー化やペーパーレス化の推進に資するものとしました。課題のひとつであった操作性は全面ウェブ化で対応。ユーザーに不必要な項目を見せない画面構成を心がけました。
さらに、「買ってきて売る」という商社ビジネスの基本形であるトレードビジネスのプロセスの可視化にも手を入れ、機能面での充実を追求しました。標準化では「約20年の内製化で蓄えられた維持、運用のノウハウを活用し、徹底的にFit to Standardを推進しました。そうして、3,000にわたるモディフィケーションは全撤廃、アドオンプログラムは90%削減できました」と浦上氏は語ります。
北米現地法人での稼働は2020年11月。その後、北米グループ会社4社へロールアウトし、2021年4月に本稼働を迎えます。今後は、北米グループ会社5社へロールアウトののち、アジア・欧州の40社へ、RPAやソフトウェアテスティングツール・Tricentisなどの自動化ツールを活用しながら早期展開を目指します。
次世代G-SAPプロジェクトのスケジュール
トランスフォーメーションを実現するためにはIT部門自身が変革しなければならない
五十嵐氏は「次世代G-SAPプロジェクトによって基盤を構築することができた」とプロジェクトの成果を評価する一方で「これからが本番」と語気を強めます。この発言の背景には、業務改善はある程度できるようになったものの、現時点ではトランスフォーメーションまで行き着いていないという問題意識があります。つまり、同社で言うところの「か・け・ふ(稼ぐ・削る・防ぐ)」のうち「か(稼ぐ)」への到達が課題となっています。同社がトランスフォーメーションを実現するためには、商社特有の縦・横連携に伴う障壁の解消や、IT部門自身の変革などが必要になっています。
「IT部門がビジネスの当事者としての意識を持ち、営業部門と二人三脚で進められるようにならなければいけないでしょう。データを使うことで“こんなことができるんじゃないか”と焚きつけられる存在にまでなりたい。そうしなければ、業態変革というところまでたどり着けないと思います」(五十嵐氏)
トランスフォーメーションという観点では道半ばと認識する同社ですが、一方で2021年12月に公表となった世界初ブロックチェーンを活用した天然ゴムトレーサビリティ「PROJECT TREE」など、データを活用した新規プロジェクトが誕生していることも事実です。同社では2021年5月に中期経営計画Brand-new Deal 2023を公表。「マーケットインによる事業変革」と「SDGsへの貢献・取り組み強化」を掲げ、持続的企業価値向上を進めています。次世代G-SAPプロジェクトによって基盤を構築した今、さらなる変革が期待されています。
最後に、五十嵐氏はSAPへの期待を次のように語ります。
「SAPはもはや社会基盤になっています。SAPには社会基盤を維持している企業だという高い志を持ちながら、弊社に寄り添っていただき、グローバルでの支援をお願いしたい」
「か・け・ふ(稼ぐ・削る・防ぐ)」の精神に基づいた同社のDXは、今後は新たな変革をもたらすものとして進化を続けていくでしょう。SAPジャパンは、今後も伊藤忠商事が推進するDXを、国内外でサポートしてまいります。