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Arpa Indastriale – 大きな夢を実現するためのインテリジェントファクトリー

北イタリアのインテリア材企業が持つ変革哲学

これほどの変革を進める企業には、どのような哲学があるのだろうか。イタリア語で「山の麓」を意味するピエモンテ州は、ブラに本社を置くArpa Industriale (以降、Arpa)が取り組んだ「サステイナビリティとクオリティを両立する次世代ファクトリー」(以降、Arpa次世代ファクトリー)を読んだ後、沸き上がったのは、純粋な興味だった。この取り組みは「SAP Innovation Awards 2022 – Social Catalyst カテゴリー」を獲得した。

Arpa Industriale wins SAP Innovation Awards 2022 for its next generation FENIX factory

Arpa1954年に創業した、インテリアを彩る表面材をデザイン・製造する企業だ。プレス機を使用して高温・高圧の下で複数の素材を組み合わせ、薄いインテリア材を作り出す高圧ラミネート(HPLHigh-Pressure Laminate)加工を得意としており、2013年には、インテリア界の革命と言われるハイブランド「FENIX」を発表した。再生を象徴する不死鳥を名前の由来とするこの「FENIX」は、ナノテクノロジーを用いた特殊処理により高い耐久性を持ち、マットな質感、ソフトな手触りで指紋が付きづらい。さらに、少々の傷であれば過熱により自己修復することができる、美しさと実用性を兼ね備えた高機能インテリア材だ。

Arpaの企業規模は決して大きくない(売上:154.4M €(2020年度)、従業員:575人)。しかし、高い収益力(NOPAT(税引き後営業利益率):11.9%)を有し、信念を感じるサステナビリティ対応方針を持っている。同社のサステナビリティ・ステートメントを見てみよう。

「意図的な変革を起こすための責任ある経営」
私たちの目的は、エコロジカル・フットプリントを削減することです。そのために、ライフサイクルアセスメント(LCA)の手法を用いて、企業活動の影響を測定しています。幅広い範囲に目を向けながら、現在フォーカスしているのは、CO2排出量です。2026年までに排出量を50%削減し、2021年にFENIXで達成したように、その後の数年間でカーボン・ニュートラルにすることを目標としています。

出典:Arpa Industriale HPより筆者意訳

Arpa全体はエコロジカル・フットプリント、つまり人類の活動に伴う資源消費や排出ボリュームを表す指数の削減を目的とし、フォーカスとして2030年近辺で企業全体をカーボン・ニュートラルにすることを目標としている。そして、生産工程が複雑で廃棄が起こりやすい「FENIX」の高圧ラミネート加工で、すでにカーボンニュートラルを実現した。これに加え、品質と収益性を大幅に向上した取り組みが、今回取り上げた「Arpa次世代ファクトリー」だ。同社の「サステナビリティ実現」方針には、この取り組みのベースになった変革の原則が見て取れる。

サステナビリティの具体化
サステナビリティとは、夢見ることではなく、人々が動いた結果です。行動そのものです。
だからこそArpaは常に、環境、ビジネス、会社、そしてお客様を「勝利」へ導くように行動します。私たちは、サステナビリティを継続的に改善し、具体化していきます。Arpaのサステナビリティは常識、事実に基づいたアプローチであり、事業計画と完全に統合しています。

出典:Arpa Industriale HPより筆者意訳

目的や目標を達成するために、夢見るだけではなく行動することがなにより重要である点に、異論がある方はいないだろう。ではその行動を「継続的に改善」し、「具体化」するために必要なことはなんだろうか。Arpaによると「事実に基づくアプローチ」だという。Arpaの取り組みを確認しながら、このアプローチを解きほぐしていこう。

測定できないものは管理できない

彼らが「Arpa次世代ファクトリー」によって変革に取り組んだのは「FENIX」生産プロセスだ。「FENIX」は、2013年の販売開始から需要が爆発的に増加し、機会損失を防ぐためにも生産量を引き上げる必要性に迫られていた。一方で、「FENIX」の高圧ラミネート加工プロセスは複雑で難しく、欠陥や無駄(廃材)が多いという課題も抱えていた。Arpaは、自分たちのサステナビリティ目標を実現し、さらにその価値を社会に対して持続的に提供するために、既存生産ラインの追加や改善ではなく、従来の生産プロセスを聖域なく変革する道を選んだ。そしてその手段が「Arpa次世代ファクトリー」だった。

ERP(統合基幹システム)から受注オーダー、生産計画、材料表、製造指図、作業手順などのマスターデータやオペレーショナル・データがファクトリー現場へ連携される。それに基づく「FENIX」生産プロセスでは、作業結果、品質、時間、廃棄量などの記録に加え、1,600個以上のセンサーが機器稼働状況、エネルギー使用量、排出量などを常時測定して記録する。これらのデータは圧倒的なスピードを誇るインメモリ・データベースSAP HANAに格納された後、そこに組み込まれた人工知能が機械学習を行い、行動と結果の依存関係を分析する。これによって、人工知能が生産プロセスを、最もコストが低く、高品質で、廃棄や排出が少なくなるように改善し続けることを目指した。このエッセンスは、以下の動画で垣間見ることができる。

Industry4.0の高みへ – Arpaのインテリジェント・ファクトリー リンクはこちら。字幕選択で日本語が選べます
Arpaの取り組みが秀逸なのは、機器からのセンサーデータのみでなく、ERPから連携されるプロセスとデータを統合し、絶え間ない「測定と改善」を自動化したことだ。「Arpa次世代ファクトリー」の生産プロセスをイメージすると有用性がよくわかる。
  • 受注オーダーを元に、同一製品生産予定や保全予定を考慮した生産スケジュールが立てられる
  • 製造指図が、SAP Manufacturing Integration and Intelligenceを経由してSAP Manufacturing Executionへ送られる
  • 原材料が自動引当され、SAP Extended Warehouse Managementとレーザー誘導車(LGV)が連携し、生産場所に自動搬送・設置される
  • 製造指図に基づいて技術者と機器が協働して生産がおこなわれ、作業実績が記録される
  • 生産時の機器稼働状況、エネルギーや水の使用量などがセンサーから収集され、SAP Plant Connectivityを介してSAP HANAに格納される
  • 完成品は画像により品質チェックされて結果を記録、問題ない場合はSAP EWMとLGVが連携して棚入れし、完成品在庫に計上される
  • SAP HANAの人工知能が、オペレーショナル・データとセンサーデータを統合してパターン分析し、オペレーションの改善を提案しつづける
  • 生産状況や分析データは、SAP Analytics Cloudのダッシュボードにリアルタイム表示され、判断や対応が必要な場合アラートが上がる
このように、ERPのEnd to Endのプロセス、オペレーショナル・データとファクトリーのセンサーデータを統合して分析することで、例えば受注オーダーのカスタマイズ内容に応じて最適な「生産スケジュール」、「原材料とその必要量」、「製造手順」、「素材取り扱いのパラメーター(生産時の圧力や温度等)」、「仕掛品や完成品の安全・戦略在庫量」などを人工知能が提案し、改善を続ける。これを可能にしているのが、Arpa次世代ファクトリーのITアーキテクチャだ。

夢と献身を組み合わせる

「Arpa次世代ファクトリー」で人工知能が改善しつづける内容はさらに多方面に渡る。リアルタイム機器計測データを用いたPredictive Maintenance(予知保全)は、予期しない機器のダウンタイムによる機会損失リスクを減少させる。また、5,000以上のパラメーターを用いた予測アルゴリズムにより、プロセスを効率化してエネルギー使用・水利用・CO2排出を最小化すると同時に、品質を上げて廃棄物を削減する。得た成果は数多く、実に具体的だ。以下に挙げたのはそのほんの一部である。(出典:SAP Innovation Awards 2022 Entry Pitch Deck A Next Gen Factory Incorporating Sustainability and Quality

  • 80%:エネルギー、水、その他のリソース使用量を削減
  • 75M€:1年間で生産コストを削減
  • 96%:スクラップ廃棄物を削減
  • 6倍:以前の(HPL)高圧ラミネート工場に比べ、生産性を向上
  • 24時間365日:SAP EWMで制御されたレーザー誘導車が生産を継続
  • 従業員ベスト・プラクティスを人工知能が継承することによる満足度向上

さらに「Arpa次世代ファクトリー」のベスト・プラクティスを全工場ラインに展開予定だという。彼らの生産プロセスは、再生の中で進化し続けている。

「Arpa次世代ファクトリー」の成果の最後には、定性的な従業員満足度の向上が記載されている。高いレベルで生産技術を習得したArpaの熟練工は、その技術が人工知能に継承され、改善されていくことに満足しているという。この気持ちを推し量るには、彼らの「ある経験」に思いを寄せる必要がある。実は、Arpaの本社および「Arpa次世代ファクトリー」が建築されたピエモンテ州ブラの周辺は、COVID-19感染爆発初期の2020年2月、世界的に最も罹患者が多く、特に高齢者の死亡に関する痛ましいニュースが多かった地域のひとつだ。なお、イタリアで初めての新型コロナウィルス罹患者が出たコドーニョは、ブラからさほど遠くない、距離約180kmにある。 生と死を身近に感じた熟練工が、命あるうちに技術を伝えたいと考えるようになったことは想像に難くない。彼らにとって、技術は先達より受け継がれ、さらに自らが改善を加えた遺伝子であり、未来へ繋げることはまさに夢だ。Arpaは、「技術を伝える熟練工の夢」と「社会と自社の持続可能性を引き上げる組織の夢」の両方を踏まえ、「Arpa次世代ファクトリー」を創ることにより、高い技術を未来に橋渡しした。その過程では、経営者と技術者、双方の献身的な行動が必要だっただろう。

Arpaの物語の括りとして、彼らの根底に流れる「夢と献身」の考え方を感じたエピソードを紹介したい。Arpaは「Alpecin-FENIX」というサイクリング・チームのスポンサーをつとめている。キャプテンは2021年のツール・ド・フランス 第2ステージで全サイクリストの憧れであるイエロー・ジャージ(累積タイムがもっとも早い選手におくられる最高の栄誉)を獲得したマチュー・ファン・デル・プールという選手だが、本稿の事前調査のため彼のツイートを追っていたとき、以下の言葉が目に飛び込んできた。

Dreams and dedication are a powerful combination 夢と献身は強力な組み合わせ

マチュー・ファン・デル・プールのツイートより

本稿を執筆時点、現在27歳の彼は、10年以上チームに所属し続け、データに基づくアプローチで次世代のサイクリスト育成に取り組んでいるという。支援するサイクリング・チームを選ぶ際にも、Arpaは自らの哲学(夢のために、事実に基づき献身的に行動すること)をベースに置いているのだろう。嬉しい驚きを感じた。

夢見るだけではなく行動する

Arpaは、社会に対する貢献を謳い、それを夢で終わらせないために大胆に行動し、「FENIX」生産で目標を実現した。一方、社会に対する貢献を持続するには、企業自体が収益を上げ続ける必要がある。よって、品質向上と極限までの廃棄減少により、自社の収益性向上を同時に実現した。そして、これらの結果を生み出すために必要だったのが、事実に基づくアプローチであり、データによりプロセスを改善しつづける「Arpa次世代ファクトリー」だった。

大きな夢を描くが、自社の既存プロセスやシステムの変更に大きな制約があり、行動できなくなるケースをよく目にする。ここまで読んでいただいた方の中にも「規模が大きくないArpaのひとつの工場だからできたのだ」と感じた方がいるのではないだろうか。 それは素晴らしい気づきだ。最初のステップとして、自社内の規模が小さい工場や生産プロセスを対象に、夢へ向かって行動すればよいということを、今回のArpaの事例が教えてくれている。有名なイベノーションの考え方に「Think Big, Start Small, Learn Fast(大きく考え、小さく始め、早く学ぶ)」がある。大きな夢を描いたならば、それを夢で終わらせないただひとつの方法は、行動を始めることだ。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Arpa Industrialeのレビューを受けたものではありません。