>

SAP S/4HANAへの移行を検討する企業は、変化に対応するための柔軟性強化とシンプルな運用を目指し、ERPのアドオンを最小限にする方向を模索しています。株式会社日立ハイテクは、SAP S/4HANA Cloudを、国内/海外拠点の「プライベートとパブリッククラウドの2層型」で構築するにあたり、PaaS開発基盤のSAP Business Technology Platform(SAP BTP)を活用してアドオンをERP本体の外で開発するSide-by-Side開発を推進。ERP本体をクリーンに保つことでバージョンアップの期間とコストを大幅に削減し、常に最新機能を活用できる体制を整えています。

導入時は、既存のアドオンをすべて廃棄し、SAP BTP上でフロントエンドの画面系(一括登録、ワークフロー、レポートなど)、バッチ処理、インターフェース(EDI、サブシステム連携 – 連結決算システム・銀行連携など)の機能を中心に、98のアドオンを開発しました。その結果、9,000超あったERP本体内のアドオンは22まで削減。外部システムとの連携用として本体内に開発したAPIやCDSビューと合わせても、アドオン数を600以下に抑えています。

同社デジタル推進統括本部 コーポレートDX部 部長代理の安田有里氏は次のように語ります。
「従来のアドオンで大半を占めていた入力チェックなどのロジックについて、最初にFit to Standardの方針により、できる限りSAP標準に業務を合わせることで削減しました。それでも必要なアドオンは極力SAP BTP上でSAP FioriやJavaで実装しました。SAP S/4HANA内部の開発(In-App開発)において大部分を占めたのは、Side-by-Side開発のコンセプトに沿うために必要だったカスタムAPIやCDSビューが中心となります。アドオンのアーキテクチャのパターンを整備したことでデータの流れが整いました」

株式会社日立ハイテク デジタル推進統括本部 統括本部長 酒井卓哉氏、同部長代理 安田有里氏

開発時は現場の業務ユーザーから、アドオン開発の要望がなかったわけではありません。「DX-Pro」では、Fit-to-Standardの徹底に向けて「アドオン審議会」を設け、経営幹部に説明して承認を経なければ応じないことにしました。
「アドオンの必要性や効果を業務視点、システム視点で審査し、To-Be像から外れているものは再検討としました。高いハードルを設けたことでアドオンの数は自然と減り、業務ユーザーの方が意識して標準化の検討に取り組まれるようになりました」(安田氏)

SAP BTPによって新たな開発手法に挑戦

ABAPに慣れ親しんできた開発メンバーにとって、オープン言語であるJavaによる開発は、新鮮である反面、戸惑いもあったといいます。「最初は命名規則・コーディング規則の整備からはじめました。続いてBTPでの新しい設計標準、開発標準等のガイドラインの設定、環境の立ち上げに取り組みました。オープンで汎用的な言語を使用して開発を進められることが、とくに若いメンバーにとっては、モチベーションにもなったと思います」(安田氏)

プロジェクトの初期は、データの持ち方に関しても議論を重ねました。「SAP BTP内にSAP S/4 HANAのミラーリング用データベースを持つと、大量のデータを保持することになります。最終的にはSAP BTP内で極力データは保持せず、S/4HANAコア内と分析基盤のSAP BW/4HANAを正のデータ保管場所としてAPIで連携させました」(酒井氏)

また新しいサービスであるSAP BTPは、開発関連だけでなくデータ活用などさまざまな機能を網羅しているため、機能面の活用でも試行錯誤を重ねました。一方で、SAP BTPを使って疎結合でシステムを連携できることや、国内用S/4 HANAと海外用のS/4 HANA間でアドオンが共通化できるメリットは大きいといいます。
「従来のSAP ERPでは統合されていたログの監視やジョブの起動、開発・検証・本番機への移送、エラーハンドリングなどの運用系機能が、SAP BTPでは個々のサービスとして独立しているため構築時はそれぞれの連携に苦労しました。ただし、SAP BTPは「DX‐Pro」過渡期においても大変有用なサービスで、開発基盤を基幹システムとは別に保持することで、API連携によって、クラウド・オンプレ・レガシー・新システムを柔軟に連携させながらフェーズドアプローチを実現できます。S/4HANA側のバージョンアップに依存せず新機能の開発が進められることもメリットです」(安田氏)

Fit-to-Standardを徹底し、バージョンアップのサイクルを大幅に短縮

SAP BTPによるSide-by-Side開発とアドオンの大幅な抑制は、SAP S/4HANA Cloudのバージョンアップサイクルの短縮につながりました。従来のERP環境では5年に1回で、検証環境の構築も含めて約1年半の期間を要していました。今回、本社及び国内グループ向けに導入したSAP S/4HANA Cloud, private edition では、1年に1回のメジャーバージョンアップと、1年に2回のマイナーバージョンアップが実現。検証準備から本番切り替えまでの所要期間も、1カ月ほどと大幅に短縮されています。
「バージョンアップで不具合が発生しても、アドオンが少ないためトラブル要因を容易に突き止められます。標準機能に問題があった場合はSAPに対処を依頼すればすぐに解消される点も大きなメリットです。常に最新バージョンのERPを維持することで、今後は次々に登場する最新テクノロジーを迅速にユーザーに提供することを目標としたいです。」(安田氏)

今後はSAP S/4HANA Cloudのグローバル展開と並行しながら、SAP BTPで提供されるさまざまなサービスの事前定義済コンテンツを積極的に活用し、業務のデジタル化を進めていくことを検討しています。現在はRPAを利用したERPへの入力業務の自動化や、機械学習を用いた決算の着地予想などにも取り組んでいます。また、開発や運用のさらなる高度化に向けて、システム全体を統括するログ監視・ジョブ監視の環境整備なども進めています。「ローコード/ノーコードのツールで新規機能の実装やプログラムの保守が容易にできれば、より開発の自由度が高まると思いますので、引き続き検証を進めていきます」(安田氏)

日立ハイテクの IT リーダーが語る 2 層 ERP による Fit to Standard と SAP BTP を活用したクリーンコア戦略

 
Vol.1を読む