ゲーム業界をリードする株式会社スクウェア・エニックスは、ゲームタイトルの海外の販売比率が高まっていく中、グローバル一体の経営管理に向けてシステムの見直しを決断。SAP S/4HANA®と印税・版権管理ソリューションのSAP Billing and Revenue Innovation Managementを採用し、グローバル経営基盤を構築しました。2023年5月に国内で先行稼働を開始し、現在は2025年度をターゲットに海外展開を進めています。グローバル経営の可視化を目指す同社のチャレンジを紹介します。
データに基づくリアルタイム経営を目指し、国内と海外の基幹システムを統合
「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」シリーズの2大タイトルをはじめ、さまざまなゲームの開発、販売を手がけるスクウェア・エニックス。世界各国の開発拠点と国際的な事業推進体制により、さまざまなデジタルエンタテインメントコンテンツを展開しています。スクウェア・エニックス・ホールディングス最高情報責任者 グループ情報システム部担当の佐藤英昭氏は、ゲーム事業を取り巻く環境はここ10数年で大きく変化していると語ります。
「従来のビジネスモデルは、日本で販売実績を上げて開発費を回収し、次に海外で収益を狙う構造でした。しかし近年は販売本数の多くを、欧米を中心とした海外が占めるようになり、グローバル全体の数値管理が重要になってきました。また、タイトルの販売方法もダウンロードが主流となり、よりリアルタイムな経営判断が必須となっています」
同社は従来、経営管理の基盤となる基幹システムに、日本と欧米で別々のERPパッケージを利用していました。マスターやデータの持ち方も異なり、売上情報などをExcelで集約して経営レポートを作成していたため、グローバルの経営指標を確認するまでにタイムラグが発生していました。そこで、国内基幹システムの更新を機に、国内外のシステムを統合したグローバル経営基盤の構築を決断しました。
「マスターやデータを統合してグローバルの経営情報を可視化し、データに基づくリアルタイム経営を実践することが目的です。同時に業務分掌の見直しを含めてグローバルで業務とシステムを標準化し、事業変化への耐性を確保することにしました」(佐藤氏)
印税計算の効率化に向けてSAP Billing and Revenue Innovation Managementを採用
同社はグローバル標準のERPパッケージを比較した中からSAP S/4HANAの採用を決めました。情報システム部 エンタープライズ・システム・グループ シニア・マネージャーの山嵜学氏は「既存のシステムはアドオンが多かったため、機能拡張や障害対応で苦労してきました。そこで今回は標準機能をベースに導入することを検討したところ、豊富な機能群により柔軟に対応できるのがSAP S/4HANAでした。加えて、導入成功率の高いパートナーの体制が揃っていたことも決め手になりました」と語ります。
さらに今回、印税管理の仕組みとして国内で実績のあったSAP Billing and Revenue Innovation Managementを採用。これまでの印税管理は10年以上前に開発したスクラッチのシステムで対応してきましたが、海外比率の高まりやゲームのデジタル化などで処理量が大幅に増加し、契約も複雑化して計算パターンも増加していたことから、汎用化を図ることで業務負荷の軽減を目指しました。
「ゲームの知的財産(IP)管理は非常に複雑です。利益分配のルールは、権利者の立場や販売状況等に応じてタイトル単位で決まるために、タイトルや権利者が増えるほど契約パターンや計算パターンが増えていきます。加えて、印税計算の業務は、専門知識と経験が求められるために属人化しがちで、事業継続的にもリスクがありました。そこで、ビジネスの成長に耐えうる印税計算の基盤を構築するため、コアの計算エンジンの領域でSAP Billing and Revenue Innovation Managementを採用し、UIの領域はアドオンで開発することにしました」(山嵜氏)
また、紙ベースで管理していた証憑類の電子帳簿保存法対応に向けて、SAP S/4HANAとシームレスに連携する証憑管理ソリューションのSAP® Extended Enterprise Content Management by OpenText for SAP S/4HANA®を採用しました。
「これまで法定保存文書の規定に則り、証憑類を倉庫で保管してきましたが、証憑を電子化してSAP S/4HANAと紐付けてエビデンスを確保し、保管コストの削減を図ることにしました」(山嵜氏)
配賦・原価計算のモデルをグローバルで統一
グローバル経営基盤の構築プロジェクトは2021年4月にスタートし、2023年5月に国内で先行稼働を開始しました。SAP S/4HANAの導入モジュールは、10年単位でデータが蓄積していく財務管理会計、購買/在庫、販売の領域とし、同社特有のプロセスや機能は、短期間での改修を前提に独自のアプリケーションを開発しました。導入にあたり、業務プロセスや規定をグローバルレベルで見直したほか、SAP S/4HANAの領域は標準機能をベースにアドオンを抑制し、稟議申請、請求申請、購買申請などのフロント領域はローコードツールで開発しています。
「フロント領域についてはBPRを徹底し、現場のユーザーが意識することなく職務権限を守ってさまざまな決裁ができるように、規定をシンプルにしたうえでシステムによって統制する仕組みを作りました。SAP Billing and Revenue Innovation Managementに関しても、売上計上からマスター登録、計算、支払までの流れを止めないように業務プロセスにあわせて設計していきました」(山嵜氏)
一方、マスターは1カ所で一元管理してグローバルでコードを統一したほか、配賦・原価計算もグローバルで統一モデルを構築しています。
「グローバル経営では、ゲームタイトル単位で収益性を把握することが重要です。国内では1つのタイトルに対して細かい粒度で収支を管理していましたが、海外は粒度が粗かったこともあり、配賦・原価計算のモデルをグローバルで統一し、国内と同じ粒度で収支を管理できるようにしました」(佐藤氏)
エリアを問わずリアルタイムに数値を把握し、経営判断を早期化
新グローバル経営基盤は現在、国内のみで稼働していますが、2025年度を目処に欧米拠点にも展開する計画で、基盤統合によりグローバル全体で、同じ方針、軸で作成されたデータの早期収集と可視化が実現する見込みです。
「一番の効果は経営判断の早期化です。売上状況などの欲しい経営数値を、どのエリアについても同じ粒度でリアルタイムに把握することで、状況に応じた次のアクションが素早く打てるのは、最強の武器を手に入れたことになります」(佐藤氏)
業務面でも営業/マーケティング/経理/事業管理等を含めて必要な時に必要なデータを業務に活用できるようになり、業務全体の効率化が実現する見込みです。
「従来の硬直化したシステムでは、改修時のコストが膨大となるため、業務の変化に対して十分な対応ができず、ITが足かせになるケースもありました。新システムは、10年先の変化にも対応可能な業務基盤を目指して構築していますので、継続的な業務改善に貢献できると自負しています」(山嵜氏)
印税管理についても、SAP Billing and Revenue Innovation Managementで計算ロジックがシステム化されたことで、計算パターンの変化に対しても柔軟に対応できることを期待しています。証憑管理の電子化に関しても、電子帳簿保存法への対応が実現した今、今後は紙とデータで二重保管している現在の運用体制を改め、データに一本化することで紙のコストや倉庫費用の削減に取り組んでいく方針です。
SAP S/4HANAのインフラ基盤については、SAPがアプリケーション基盤の運用も含めて提供するPaaS型マネージドクラウドサービスのSAP HANA® Enterprise Cloudを採用。同社では、ITインフラに関して原則としてクラウドセントリックの方針を掲げており、基幹システムのクラウド化についてもハードルはなかったといいます。
「定常的に稼働する基幹システムに関しては、TCOの観点からもクラウドにメリットがあると判断しています」(佐藤氏)
SAP HANA Enterprise Cloudの採用により、インフラ運用の負荷を解消しIT部門がよりコアな業務に集中できるようになりました。
「インフラ構築から運用まですべてSAPに任せることができるため、我々はアプリケーションと業務に集中することができました。稼働後もITインフラ起因のトラブルはなく、サービスレベルの維持についてもお任せできるので安心しています」(山嵜氏)
最新ITを活用した負荷軽減や新たな働き方への対応へ
今後は、SAP S/4HANAの欧米展開と並行して、最新ITを活用したシステム化・自動化による負荷軽減や新たな働き方への対応を強化していく方針です。
「SAP S/4HANAに関しては、我々が利用できる機能やサービスの追加やバージョンを実施し、より多くのメリットが得られることを期待しています。また、SAPには生成AIとの連携による業務の自動化など、バックオフィスを効率化する実効性の高い世界の実現に期待しています」(山嵜氏)
グローバル統合基盤の構築を通じて、守りのITとなる基幹システム(ERP)の領域と、攻めのITとなる革新的なシステムの領域で切り分け、データドリブン経営を実現したスクウェア・エニックス。グローバル一体の経営管理の高度化を目指すその取り組みは、さらに加速していきます。
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