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コーポレートトランスフォーメーションとビジネスプロセスマネジメント ~全社変革推進におけるビジネスプロセスマネジメントの活かし方~

フィーチャー

中期計画に基づくコーポレートトランスフォーメーションを推進する企業の中で、成果実現に向けて着実に歩みを進めている企業の共通的な特徴は、組織・ルール・プロセス・人(チェンジマネジメント)・データ・ITを六位一体で進めている点といえます。

本稿では六位一体で示した変革要素のうち「プロセス」に焦点をあて、ビジネスプロセスマネジメントとそれを支えるITについて実践事例を織込みながら考察します。

戦略および顧客を起点にしたエンドツーエンドでのビジネスプロセスマネジメントにより、事業環境変化に柔軟に対応できるオペレーション基盤、そしてデータドリブン経営や生成AI活用が促進されることが期待されます。

 

■全社変革推進の仕掛け作りと「標準」「ユニーク」プロセスの明確化

中期計画実現に向けて変革領域を特定して全社変革施策の立案・推進を行うにあたり、戦略KPIと各変革プロジェクトを紐づけてモニタリング(バリューマネジメント)する機能、そしてサイロになりがちな事業・機能組織に横串をさしてプロジェクトを推進する機能が重要になります。

例えば、独SAP社(以下SAP)ではCOO配下に中立的な組織としてトランスフォーメーションオフィスを設置し、役員横断かつ重要性の高い全社変革プロジェクトを六位一体で推進しています。組織間でのプライオリティ対立は日常茶飯事ですが、役員の声の大きさや特定組織の引力ではなく、戦略KPIへのインパクトを組織横断エンドツーエンドプロセス視点で公平に判断する仕組み作りとナビゲーションをトランスフォーメーションオフィスが担うことで、全社変革プロジェクトが正しい方向に進むよう舵取りを行っています。

 

そして、全社変革施策を業務プロセスに落とし込むときに肝要となるのが、徹底的に標準化すべき業務プロセス、ユニークさを認める業務プロセスを明確にしておくことになります。この点については、現在全社変革に取り組んでいる日系大手製造業A社CEOの言葉が大変示唆に富み参考になります。

 

「プロセスやルール標準化の話は結局現場からの抵抗がでてくる。重要なのは競争力を強化するために、つまり事業戦略上標準化がとても重要であるという共通認識を持つことである。どこを標準にしてどこをユニークにするのか、競争力の源泉を会社としてどこに求めるのか、こうした方針、戦略、考え方を明確にしてマネジメントチームで共有されていることが重要である。組織やアーキテクチャーなど全体のコンセプトを作ってシステムに落してそれをルールに従って運用する。重要なのはそれがスタティックなものでなくダイナミックなものとして競争力強化の中で継続的に進化させていくことである」

 

■プロセス分析:プロセスの現在位置を把握する 

測定できないものは改善できません。よって、ビジネスプロセスマネジメントの第一歩は自社の現在位置を定量的に把握することになります。その際、準備の工数を極力低減してクイックに分析を開始できること、広範から詳細に至る段階分析で精度を高めていくことが有力なアプローチになります。

クイックな分析開始という点では日系大手製造業B社の取組みが参考になります。同社では、全社変革施策の1つとしてデジタル化・スリム化を推進しており、M&A等により海外拠点に散在しているERPを1つに統合するプロジェクトを六位一体で推進しています。同社はERPに蓄積されたデータをそのまま整形・加工することなくプロセスパフォーマンス分析および内部・外部ベンチマーク比較できるSAP Signavio Process Insightsを用いて自社の現在位置と改善余地を早期に把握し、役員間の合意形成や施策検討に役立てています。ERP生データという事実に基づく分析は、自社の健康状態を直視して適切な治療を動機づける良いきっかけになったといえます。

ERPに接続してテンプレートを用いたプロセスフロー・ベンチマーク分析をSAP Signavio Process Insightsでクイックに行った上で、ポイントを絞った詳細分析を同じクラウドプロセスツール上のSAP Signavio Process Intelligenceを利用して行うこともできます。

 

図1: ビジネスプロセス分析アプローチ ~現在位置を把握する~

 

■プロセスフロー活用①:プロセス共通言語とプロセスモデリング

実際、膨大な工数をかけてエクセル等で業務プロセスフローを作って可視化はしたものの、その後の持続的改善に活かされていないケースが日本を代表する大企業でも散見されます。

業務プロセスフローの作り方、言葉の定義などが事業や地域ごとに異なるなど一貫性が無いと、共通言語でお互いのプロセスを理解して学び合い、プロセスの簡素化・標準化・集約化・自動化に繋げることが難しくなります。プロセスフローを活かすにはプロセスの共通言語、つまり共通の表記法(BPMN 2.0)が不可欠になります。そして共通の表記法を多くの社員に根付かせるには使いやすさが非常に重要になります。

 

SAPの事例を見てみましょう。同社は売り切り型からサービス型へのビジネスモデルシフトに伴うオペレーションモデル変革を進める中で、部門毎にエクセルや独自ツールなどを活用したプロセスフロー管理からエンドユーザーが使いやすいクラウドベースのプロセスモデリングツール SAP Signavio Process Managerの共通利用に切り替えました。専門知識が無くても共通の表記法での業務プロセスフローを簡単に描くことができ、よく使う用語は辞書に定義して共通利用できるため、国・組織横断でプロセスフローを共通言語で描写できるようになりました。

使いやすいクラウドモデリングツールに共通ルールを埋め込み、共通利用することがプロセスフロー活用の第一歩といえます。

 

図2:SAP Signavioを活用して共通言語で描写されたプロセスフロー

 

また、エクセル等で業務プロセスフローを作成することにより、国や拠点、あるいは業務領域別にファイルが分割され、共有フォルダーやファイル共有サービス上に散在してしまう状況も回避したいところです。こうした状況だと業務プロセスフローへのアクセスが困難となり、必要な時にスムーズに見つけることが出来ず、持続的改善のために繰り返し活用することが難しくなり、次第に存在そのものが忘れられてしまうケースが少なくないからです。

一方で、クラウドベースのプロセスモデリングツールを活用した場合、全ての業務プロセスフローが同一の基盤上に格納され、迷うことなく必要な時にアクセス出来る土台が整備されます。これにより、SAPでは業務プロセスフローを国・組織横断で継続利用する資産として活用できているといえます。

 

■プロセスフロー活用②:段階的な高度活用アプローチ

プロセスフロー活用は段階的なアプローチが有効になります。SAPにおける実践事例を見てみましょう。

下記図表の上半分が同社の業務プロセス全体像を表すプロセスマップになります。当初はプロセスが執行役員毎に分断されているサイロなマップでしたが、2018年に組織の壁を取除いてオペレーションライフサイクル全体をエンドツーエンドで俯瞰できるよう進化させました。その翌年にお客様との接点(カスタマージャーニー)を融合させるマップに進化させ、カスタマージャーニーと開発プロセスの連携を意識させるマップに進化させた後、昨年末に現在のカスタマー&オペレーションライフサイクルに至っています。

そして同社では、このジャーニーマップにエクスペリエンスKPIを組込み、プロセスパフォーマンスをエクスペリエンスとオペレーション両面から可視化・分析する取組みを現在進めています。

 

図3:SAP Signavioを活用した進化の経緯 ~サイロからエンドツーエンド、顧客視点へ~

 

また下半分で示しているのが業務プロセスフローの進化になります。最初はタスクとロールのシンプルなプロセスフローから始め、タスクへのデータインフロー、アウトフロー、それを処理するアプリケーションが属性情報として追加されました。そして、現在はKPI/PPI(プロセスパフォーマンスインジケータ)、リスクとコントロール、プロセス成熟度、ケイパビリティなど属性情報の拡充を進めています。

こうしたタスクと属性情報を紐づけることで、ITマネージャーはシステム改修を行う際どのプロセスや部門に影響がでるかをオンデマンドで確認できるようになり、内部統制マネージャーはキーコントロールの有効性評価の際前後のプロセスフローや関連部門などをすぐに確認できようになりました。

各部門が異なる目的で共通利用できるプロセスアセットに進化していると言えます。

 

SAPのプロセスフロー活用において、もう一つ大事な点が戦略と現場オペレーションを繋ぐことになります。同社ではクラウド型ビジネスのオペレーションモデルを大きな地図として描き(Level0)、それをバリューチェーン(Level2)、プロセスフロー(Level3)とレベル別にカスケードダウンすることで、クラウドシフトに伴うオペレーションモデル変革の中での担当業務フロー位置づけや、自部門の前後プロセス含めたエンドツーエンドプロセスフローの中での自分の役割などが分かるように工夫しています。

 

図4:プロセスデザイン標準 ~戦略をプロセスに落とし込む~

 

■プロセスフロー活用③:ERP標準プロセスをプロセスフローにそのまま活用

徹底的に標準化すべき業務領域については、SAP S/4HANA Cloudに組み込まれている標準業務プロセス(業務・業種別ベストプラクティス)をプロセスモデリングツールに取り込み、プロセスフローの雛形として活用することが有力な選択肢となります。

 

図5: SAP S/4HANA Cloud標準業務プロセス(ベストプラクティス)を活用したプロセスモデリング

 

 

ここで注意したいのは、エンドツーエンドでプロセスフローを描くにはSAP S/4HANA Cloud入力手前のプロセス、出力後のプロセスデザインも必要であり、そこに膨大な手作業や属人化が存在するケースが多いことになります。この領域は現状をヒアリングしながらプロセスフローに落とし込み、機械学習やRPA等を活用して自動化を推進していくことになりますが、自動化の手前に徹底的な簡素化・標準化が必要なのは言うまでもありません。非効率なプロセスをそのままRPA等で自動化すると将来の変化対応の足枷になるリスクがあることを肝に銘じておかなければなりません。

 

■プロセスフロー活用④:プロセスモデリング+プロセスマイニング=効率的な持続的改善

プロセスモデリングの後は、プロセスパフォーマンス分析と改善を継続的に行う仕組み作りが大切になります。この際、プロセスフローを一元管理して人手をかけずにプロセスパフォーマンス結果を集約・分析できる基盤を整備することがプロセスフローを共通資産として高度活用する鍵になります。

 

図6:持続可能なビジネスプロセス分析アプローチ

 

また、標準プロセスとして定めたプロセスフロー通りに各拠点がオペレーションを行っているか逸脱分析を行う際、マイニングとモデリング機能が同一基盤上で統合利用できるとその効果は非常に大きくなります。

下記はSAP社における受注から請求プロセスの逸脱分析例になりますが、プロセスモデリングで描写された標準プロセスフロー上にマイニングによる実際の業務の流れが赤字でマッピングされることで、どこで逸脱が起きてその結果どれだけ余計に時間がかかっているか容易に把握できるようになり、迅速な分析個所の特定および適切な改善施策に繋げることができるようになりました。

 

図7:標準プロセスフローと現実の乖離分析

 

■プロセスフロー活用➄:ビジネスプロセスマネジメントにける生成AI活用(将来シナリオ) 

昨今話題の生成AIはビジネスプロセス改善策立案において活用されることが期待されています。

実際の分析結果やSAP S/4HANA Cloudにあるベストプラクティスを突合して、「あなたのビジネスプロセスはこのように改善すべきです」、または「プロセスはこのままで良いけどチームによって品質がことなるようでプロセスKPIを設定しましょう」とアドバイスをしてくれるイメージになります。プロセスの専門家がシステムの中にいて、助言・壁打ち相手になってくれるというのが近い将来実現が想定される世界になります。

 

図8:ビジネスプロセスマネジメントにおけるAI活用イメージ

 

■自動化:「クリーンコア」、「サイドバイサイド」という考え方

プロセスフローに基づいてSAP S/4HANA Cloudを軸に自動化を推進する際、標準化を推進する業務プロセス、ユニークさを残す業務プロセスを持続可能な方法で両立させるアプローチが、「クリーンコア」および「サイドバイサイド」になります。標準化業務領域はSAP S/4HANA Cloudの標準プロセスに極力準拠してアドオン開発は行わずクリーンに保つ(=クリーンコア)、そしてユニークさを残す業務領域はクラウド開発基盤SAP BTP(Business Technology Platform)上で開発を行いSAP S/4HANA Cloudにシームレスに繋げる(=サイドバイサイド)、というアプローチである。

SAP S/4HANA Cloudをクリーンに使うことでスムーズなアップグレード・機能拡張による変化対応を担保できるだけでなく、今後SAP S/4HANA Cloudに組込まれていく生成AIも活用しやすくなります。

 

SAP S/4HANA Cloudは進化し続けており、進化する標準機能を使い倒すことは自動化のみならず変化対応においても重要になります。例えば、SAPでは売り切り型からクラウド型にビジネスモデルをシフトする中で、少額・大量の従量制の請求・収益管理への対応がクラウドビジネスをスケールする上で重要な課題となりましたが、後述するプロセスマネージャーが旗を振りSAP S/4HANAへの組み込みや連携機能で構成されたSAP BRIM(Billing Revenue Innovation Management)ソリューションと同ソリューションをベースにした新しいプロセスフローの導入を地域毎に順次展開することで、多様かつ大量な請求・決済業務に柔軟に対応する基盤を整えています。

 

■持続的プロセス改善の仕組み作り   

ここまでプロセスに焦点を当てITを活用したビジネスプロセスマネジメントについて紹介してきましたが、こうした仕組み作りに欠かせないのがプロセスに関する専門性を持つプロセス管理組織とプロセスガイドライン(プロセスデザイン標準、測定、持続的改善のやり方など)、そしてガイドラインに沿ってエンドツーエンド視点でプロセスの標準化・簡素化・自動化・可視化(モデリング)を推進するプロセスマネージャーになります。

SAPでは本社にプロセス専門チームを配置し、プロセス標準・ガイドラインの整備やガイドラインを織り込んだプロセスモデリングツールの利用推進、戦略に基づいたプロセスマップのアップデート、プロセスKPIや成熟度評価、エンドツーエンドプロセス毎に配置したプロセスマネージャーの支援、各事業・機能組織のビジネスオーナーおよびプロセスマネージャーの連携やコミュニティー作りを推進しています。

そして、プロセスマネージャーを中心に全社員がプロセス資産を活用するためのガイドラインは、「ゴールデンスタンダート」として全社員に公開されています。

 

図9: ゴールデンスタンダート

 

多くの日本企業がERP次世代化を見据えてデジタル化、そしてコーポレートトランスフォーメーションを推進しようとする中、プロセス管理組織とプロセスモデリングツールをどのように位置づけるかはプロジェクトの初期段階で検討しておきたいポイントになります。プロジェクト初期段階で方針を決めることにより、プロジェクトを通したプロセス管理組織能力向上と人材育成、そしてプロジェクト成果物としてプロセスフローを描き続けることでプロセスモデリングツール活用の習熟度を高めることができます。この人材・スキルアセットが本稼働後の持続的改善に活かされることになります。

一般的にERPプロジェクトは長いプロジェクトになることが多く、いつの間にか本稼働が目的となってしまうことが少なくありませんが、本当に大事なのは本稼働にビジネスプラットフォームとして進化し続けビジネスに寄与することになります。

 

本稿で紹介した実践例が各社における全社変革施策推進とビジネスプロセスマネジメントの高度化に少しでも寄与すれば幸いです。

 

 

*本稿でご紹介させていただきましたSAP Signavioに関する詳細情報につきましては下記動画をご参照ください。

 

[SAP Signavioセミナー]  デジタル業務改革ツアー セッションアーカイブ

[SAPジャパン YouTube] SAPSignavioによる業務プロセスのデジタル管理 シリーズ