HR Connect Tokyo レポート
Nitto グループは、1918 年の創業以来、培ってきた技術を発展させ、エレクトロニクス業界をはじめ、自動車、住宅、インフラなど幅広い分野で製品を提供しています。現在は、”なくてはならない ESG トップ企業”への変革を目指し、人財を重要な資産と捉えた経営を推進しています。一般的に使われる「非財務指標」という言葉に対し、Nitto では将来の財務・利益につなげるという意思を込めて「未財務」という表現を用い、人財戦略においてもこの「未財務」を「財務」へ結びつけ、経営・事業への貢献を目指しています。2024 年 7 月 31 日に開催された「HR Connect」のクロージングセッションでは、日東電工株式会社の取締役である大脇泰人氏が、企業の持続的成長につながるその人財戦略について説明しました。
〇 登壇者
大脇 泰人 氏
日東電工株式会社
取締役 専務執行役員 CHRO コーポレート人財本部長
独自のポジションで革新を続ける Nittoグループ
日東電工株式会社(Nitto)は、大阪に本社を置く化学メーカーで、グループ連結の従業員数は約 2 万 7,000 人、単体では約 7,000 人、売上高は約 9,000 億円、利益は約 1,400 億円の規模となっています。取り扱っている製品は、一般の方々にもよく知られているのが粘着クリーナーの「コロコロ」と呼ばれる掃除用品で、その他にもスマートフォンの光学用フィルムや自動車部品、データセンターのハードディスクドライブ用精密部品などを多岐に渡って手がけています。これらの製品は、Nitto グループが生み出したコア技術(基幹技術)から生まれています。粘着技術や絶縁技術等の Nitto 固有技術を基盤として、次々と事業ポートフォリオを変革してきたのです。(図 1 参照)
(図 1)
Nitto グループでは、常に新しい分野へのチャレンジを続けています。2030 年に向けた目標は、デジタルインターフェース、ヒューマンライフ、パワー&モビリティといった分野に特化し、新しいビジネスへの変革を進めることです。また、社会貢献のための ESG 経営を進めていく上でも、次の投資につながるキャッシュが必要不可欠だと考え、事業ポートフォリオの変革を通じて事業を拡大し、収益を確保することに注力しています。
「生み出されたキャッシュは、設備投資や研究開発投資、さらには株主還元にも充てています。特に近年は資本コストを強く意識した経営を進めており、事業運営においては投下資本に対する利益を重視しています。この方針は、変化の激しい市場環境においても、安定した経営基盤を維持し、新たな事業機会を捉えるための重要な戦略となっています」(大脇氏)
Nitto のビジネス・イノベーションの目標は、「なくてはならないニッチトップソリューション」を生み出すこと。これを実現するために、「ニッチトップ戦略」と「三新活動」という独自の取り組みを展開しています。
ニッチトップ戦略では、変化しながら成長する市場を見極め、他社が参入しにくいニッチな領域で固有技術を活かし、トップシェアを目指します。また、日本だけでなく海外市場を重視し、エリアでのニッチトップからグローバルでのニッチトップへの展開も進めています。(図 2 参照)
三新活動は、新用途開拓と新製品開発に取り組むことで、新しい需要を創造する Nitto 独自のマーケティング活動です。この活動を通じて、ニッチな領域を見出し、成長分野を発掘しています。さらに、環境貢献(PlanetFlagsTM)・人類貢献(HumanFlagsTM)に関する製品の定義づけを行い、社内認定スキームを設けています。
(図 2)
Nitto 流 ESG 戦略のためのコンセプト「未財務指標」とは
Nitto は、これらの戦略と活動を組み合わせることで ESG を中心に置いた経営を実践し、社会に「なくてはならない」製品やソリューションの開発と提供を目指しています。「新しい発想でお客様の価値創造に貢献します」という経営理念に加え、サステナビリティの基本方針として「社会課題の解決と経済価値の創造の両立」を掲げています。単に ESG 活動を行うだけでなく、経営理念と結びつけて考えているのです。
「『Nitto 流 ESG 戦略』では、顧客の定義を広げ、直接のお客様だけでなく、地球環境、人類をお客様と捉えています。社会課題の解決と経済価値の創造の両立は非常に困難ではありますが、Nitto グループでは、これを実現することで持続的な成長と社会貢献が可能になると考えています」(大脇氏)
Nitto 流 ESG 戦略の実現に向け、未だ財務にならずとも、未来には財務につなげる「未財務指標」という概念を導入しています。これは将来的に財務につなげると予測した指標であり、社会課題の解決と経済価値の創造の両立を意味しています。なお、財務目標については、2025 年度に 1,700 億円、2030 年度に 2,400 億円という営業利益目標を設定しています。
同時に未財務の目標も設定しており、特に人財関連では女性リーダー比率やエンゲージメントスコア、チャレンジ比率などの指標を挙げています。これらの財務目標と未財務目標を同時に達成することで、持続可能な成長と社会貢献を実現していくことを目指しています。トップ自らがこの難しい課題にコミットし、全社一丸となって取り組んでいます。(図 3 参照)
(図 3)
人財戦略では、人事部門からの一方的な戦略ではなく、経営幹部メンバーと人事部門が密接に対話し、経営と事業の方向性を明確にし、必要な人財像や取り組みについて議論を重ねています。この過程で、「Nitto らしさ」を維持しながら、急速に変化する市場環境に適応する人財戦略を構築しています。特に、ビジネスの海外売上比率が 80 %に達し、欧米アジアの顧客が増加している現状を踏まえ、Nitto らしさのひとつである、技術、製造、販売、管理が一体となって働く「技製販管一体」のチームワークを活かし、グローバルに活躍できるような人財の育成にも注力しています。
また、多様な価値を引き出し、従業員が自律的にチャレンジする文化の醸成にも力を入れています。チャレンジという言葉は Nitto の文化に深く根付いているものの、形骸化を避けるため、常に「本当にチャレンジしているか」を問いかけ、新たなチャレンジを促す取り組みを進めています。(図 4 参照)
(図 4)
個別と全体、2 通りの人財戦略に SAP SuccessFactors を活用
Nitto の人財戦略には2 つのアプローチがあります。1 つは個別アプローチで、経営幹部に至るメンバーのパイプラインを構築することです。もう 1 つはマスアプローチで、全体の活性化を図ることです。
■ 個別アプローチ
グローバル基準で役職や等級の標準化・統一化を行い、SAP SuccessFactors を活用してデータを管理しています。これにより、各階層で人財プールを作成し、次のキャリアプランを描き、人事部門だけでなく、事業部門や海外エリアの幹部メンバーも交えて議論を行っています。
育成プログラムとしては、選抜教育である「Nitto Global Business Academy」も実施しています。約 2 万 7,000 人の従業員の中から、5 名~ 10 名程度を選抜して教育を行うプログラムです。このプログラムの内容には、外部講師による講義や経営課題に対するソリューション提案などが含まれており、提案だけでなく、実際に解決策を実行することも求められます。そしてプログラム修了後も、難易度の高い挑戦的なミッションを与えて、継続的な成長を促しています。
また、戦略的な人事異動も行っており、例えばヨーロッパや台湾メンバーが日本で働いたりするなど、グローバルな視点での人財育成を進めています。
■ マスアプローチ
Nitto グループの文化に深く根付いた「チャレンジ文化」を数値化した独自の指標である「チャレンジ比率」を導入しています。2023 年に行った従業員へのエンゲージメント調査では、81 %の従業員が「チャレンジに取り組むことができる」と回答しています。しかし、実際にチャレンジした人の割合は 37 %程度にとどまっていることが分かりました。この差を埋めるため、会社はさまざまなチャレンジの機会を提供しています。2030 年度のチャレンジ比率の目標は 85 %です。(図 5 参照)
(図 5)
チャレンジには、自己起点のものと会社起点のものがあり、これらを合わせてチャレンジ比率としてカウントしています。SAP SuccessFactors で作成したキャリアシートを用いながら個人のキャリア面談を行い、各従業員の成長に必要なチャレンジの特定と適した内容を明確にして、それに応じた成長の機会を提供する取り組みをスタートしました。
成長機会の 1 つの例として「Nitto Innovation Challenge」という新規事業創出大会を開催しています。これは、グローバル規模で行われるアイデアコンテストの一種で、新しいビジネスの創出を目指すものです。直近の大会では、わずか 4 週間の募集期間で約 1,000 件もの応募がありました。応募内容はアイデア段階のものから、非常に緻密に考え抜かれたテーマまで多岐にわたります。また、現場の小集団活動にもグローバルで 6,000 人ほどが参加するなど、さまざまなチャレンジ促進の効果が見えてきています。
これらの活動は、一部取り組み途中のものもありますが、SAP SuccessFactors などのシステムを活用して適切にカウントし、可視化できるようにしています。このような取り組みを通じて、「みんなやるなら私もやらなければ」、「私もやりたい」と挑戦を促す文化を醸成しているのです。
最後に大脇氏は「従業員のチャレンジ・成長を促す人財戦略を確立しながら、未財務を財務につなげていくシナリオをベースに、これからも Nitto はさまざまな取り組みを進めていく方針です」と話し、講演を締めくくりました。