不動在庫の削減と売上高倍増を実現した赤城乳業が、クラウド ERP の導入で目指す新たなる挑戦【SAP NOWレポート】

フィーチャー

「最高なビジネスの実現 ~Bring out the best in your business~」をテーマに、7 月 31 日にグランドプリンスホテル新高輪 国際館パーミルで開催された SAP ジャパンの年次カンファレンス「SAP NOW Japan」。「不動在庫の削減と売上 2 倍を実現した赤城乳業の挑戦」と題した赤城乳業株式会社の事例セッションでは、財務本部 情報システム部 部長の吉橋高行氏が登壇し、2011 年から取り組んだ SAP ERP による基幹システム刷新プロジェクトの経緯と成果、さらに現在進行中の SAP S/4HANA® Cloud Public Edition への移行プロジェクトについてご紹介いただきました。

 

 

(登壇者)

赤城乳業株式会社

財務本部 情報システム部 部長

吉橋 高行氏

 

 

季節性が強いアイス市場における PSI の最適化

1961 年の創業以来、「ガリガリ君」や「ガツン、とみかん」など、遊び心にあふれるユニークなネーミングのヒット商品を生み出してきたアイス専業メーカーの赤城乳業。コンビニ各社とのコラボレーションによる商品開発も長く手がけており、同社が発売する新商品数はコンビニブランドなどの商品も含めると年間で 100 以上にも上ります。

同社が最初に ERP の導入に乗り出した 2011 年当時は、こうした取り扱い商品の多さに起因する PSI(生産、販売、在庫)管理のさまざまな課題がありました。まず、アイス市場は 6 月から 8 月の売上が年間売上のピークとなる季節性が極めて強い市場です。夏場は販売数が生産能力を上回ることから、赤城乳業でも春先から生産量を増やし、夏場に向けて備蓄在庫を確保することで需要に対応してきました。この中で長年にわたる課題となっていたのが在庫の保管コストでした。

アイスは冷蔵冷凍倉庫での保管が必須ですが、在庫の保管期間が長引くほど必然的に利益を圧迫し、さらに在庫が売れ残れば赤字に転落してしまいます。

この PSI 管理の改善を阻む壁となっていたのが、同社が長年運用してきたシステム環境でした。収益・利益を管理する会計管理システムを中心に、生産管理、販売管理、在庫管理など、経営に必要なシステムは整備されながらも、それぞれ独立したシステムの連携が十分でないことから、PSI の最適化に欠かせない実績データの入手と集計に多くの時間と手間を要していました。財務本部 情報システム部 部長の吉橋高行氏は次のように振り返ります。

「商品点数が多いほど、PSI 管理の難易度は高まります。経営判断に必要なデータ不足も相まって不動在庫が増え、利益がほとんど出ないケースもありました。この改善に向けて、売れる商品をしっかり売り切るために商品点数(SKU)を絞り込まなければならないことは理解していても、実現は困難な状況でした」

2010 年には本庄工場が竣工して生産能力が倍増したことから、中期経営計画においても売上拡大と利益率の改善という大きな目標が掲げられました。こうした経営的な背景もあり、赤城乳業は自社の将来をも左右しかねない不動在庫を削減し、PSI を最適化するための基幹システムの再構築に向けて、2011 年に「赤城 IT グランドデザイン」の作成に着手しました。

 

ITシステムの課題

国産 ERP の評価が一転し、SAP ERPによる経営改革を決断

赤城 IT グランドデザインが目標に掲げたのは、現行の業務課題の原因を掘り下げて 5 年後の基幹システムのあるべき姿を追求し、最適な投資判断によって経営管理を強化することでした。その実現に向けて、まずプロジェクトチームは経営と現場の双方へのヒアリングを実施し、明らかになった課題と原因をもとに新たな基幹システムの要件と業務改善(BPR)計画をまとめていきました。

その後、2012 年に入って ERP パッケージベンダー各社に RFI(情報提供依頼書)を送付します。その中には SAP も含まれていましたが、この時点では現実的な選択肢とは考えていなかったといいます。

「当時は国産 ERP の方が価格や機能面でメリットがあり、逆に SAP ERP は当社にとっては高嶺の花で、莫大なコストが発生することに加えて、使いにくく、導入に失敗するリスクも高いと考えていました。SAP に RFI を送ることにしたのは、むしろその裏付けをとるためでした」(吉橋氏)

しかし、各社のプレゼンを受けて状況は一変します。「機能が豊富で業務との適合率が高い」「全体的な操作性が統一されている」「業務モデルを適用することで課題の解消やランニングコストの低減が期待できる」など、プロジェクトメンバーからは SAP に対する評価の声が相次ぎます。営業や生産など現場からの評価でも SAP が最も大きな支持を集めました。

「提案を受けた『食品業界向けテンプレート』は、国産 ERP よりも導入コストが安価でした。さらに、当社が求める実績値を迅速に算出できる製品は、高度なデータ集約が可能な SAP ERP だけでした。機能面だけでなく、信頼できる導入サポート体制も確認できたことから、SAP のベストプラクティスを活用して PSI 管理を強化するという最終的な経営判断が下されました」(吉橋氏)

RFP

 

不動在庫は 1/4 に削減、単品別の原価管理も強化

2013 年から本格化した SAP ERP の導入作業は大きなトラブルもなく進行し、2014 年 1 月に新たな経営基盤が本稼働を迎えました。それまで独立していたシステムが統合され、生産、販売、在庫などの各種データを一元管理する新たな基幹システムがもたらした成果は多岐にわたります。

まず、当初の目標であった PSI の最適化については、不動在庫は 1/4 にまで削減され、SKU も従来比で 3/4 に絞り込まれています。また BPR に関しては、「SAP ERP に Excel 帳票を実装することによる作業の効率化」「自動仕訳によるに入力業務の最小化、人的ミスの削減」「情報のリアルタイム管理による可視性の向上」などが実現しています。なかでも吉橋氏が高く評価するのが、「年次での手作業から月次での自動処理への変更による単品別原価管理の強化」です。

「標準原価や実際原価を正しく把握できるようになったことは、経営にとって大きな意義があります。在庫についても、従来の“量”から“金額”での管理に移行し、在庫が利益を左右することを改めて社員全員が意識するようになりました」(吉橋氏)

稼働初年度の SAP ERP のトランザクション量は膨大でした。ここで蓄積されたデータはすべてが重要な資産であり、吉橋氏は「クリーンなデータを即座に用意して、AI などで分析活用できるようになったことは SAP ERP の導入メリットとして見逃せません」と話します。

2013 年に 380 億円だった売上高は 2023 年には 570 億を突破し、すでに赤城乳業では次の目標としてさらなる売上拡大を掲げています。この目標の達成に向けて、また既存の SAP ERP が 2025 年末に保守期限を迎えることも踏まえ、同社は SAP が提供するクラウド ERP への移行プロジェクトを 2023 年 11 月にスタートさせました。

 

10年後を支える成長基盤をクラウド ERP で再構築

吉橋氏によると、既存の基幹システムは差別化につながらない標準化領域と差別化領域の 2つの機能が混在しており、各種の法制度対応など標準化機能の運用において少なからぬ手間とコストを要しているといいます。今回のクラウド ERP への移行では、こうした課題の解消も狙いとしています。

候補となったクラウド ERP は、パブリッククラウドの SAP S/4HANA® Cloud Public Edition と、プライベートクラウドの SAP S/4HANA® Cloud Private Edition です。検討に際して、両クラウド製品には一長一短があったといいます。

「従来の環境をそのまま移行できる SAP S/4HANA® Cloud Private Edition は安心である反面、コストがかなり高額になります。一方、標準機能で提供される SAP S/4HANA® Cloud Public Edition は迅速な導入が可能でコストも抑えられますが、これまでのプロセスの見直しなど BPR に取り組まなければならなくなります」(吉橋氏)

赤城乳業が最終的に下した決断は、SAP S/4HANA® Cloud Public Edition を採用して標準機能を最大限に活用することで、ERP 自体はクリーンコアな状態を維持しながら、差別化機能は周辺システム上で開発して連携する手法です。この手法であれば、ERP の自動アップデートによって標準化機能の管理コストを削減し、Fit to Standard も徹底できます。また、周辺システム上でローコード開発を実践して、差別化機能の継続的な強化も可能になります。

SAP Business Technology Platform (SAP BTP) のような EAI ツールをハブとしてデータの集約、分析も容易になり、次の目標達成を目指す上でも有益だと考えました」(吉橋氏)

同社は現在、2026 年のカットオーバーを目指して SAP S/4HANA® Cloud Public Edition への移行を進めています。

「赤城乳業は 2024 年 9 月に持株会社を立ち上げ、現在の赤城乳業は傘下の事業会社の 1 社となります。クラウド ERP への移行は、その先の未来も見据えた経営基盤の強化の一環です。新たな事業会社の設立に際しても、差別化機能を外部へ切り出し、事業に必須の標準化機能をスリムに集約できていれば、新会社のシステム環境を迅速に整備できます」(吉橋氏)

さらなる売上拡大という未来に向けた挑戦において、SAP S/4HANA® Cloud Public Edition をベースとした基幹システムには、赤城乳業は新たな成長基盤として大きな価値を発揮していくはずです。

今後の展開