「最高なビジネスの実現 ~Bring out the best in your business~」をテーマに、7 月 31 日にグランドプリンスホテル新高輪 国際館パーミルで開催された SAP ジャパンの年次カンファレンス「SAP NOW Japan」。SAP ジャパンが DX に取り組むお客様を表彰する SAP Japan Customer Award の受賞企業の 1 社である東亜レジン株式会社のセッションでは、SAP の新たなクラウドオファリングである GROW with SAP の最新事例として、取締役 生産本部長の田中慎一氏、生産課 課長の伊藤秀悦氏が登壇し、製造業からサービス業への転換を目指す同社の基幹システムを SAP S/4HANA® Cloud Public Edition で刷新した経緯や、今後において期待される価値などについて講演しました。
(登壇者)
東亜レジン株式会社
取締役 生産本部長
田中 慎一 氏
東亜レジン株式会社
生産課 課長
伊藤 秀悦 氏
独自のアクリル加工技術による看板製作で高いシェア
東亜レジンは 1958 年の創業以来、独自のアクリル加工技術を生かしたサイン(看板)メーカーとして、全国で店舗をチェーン展開するさまざまな業種の顧客に対して、看板のプランニングからデザイン、製作、施工、メンテナンスまでトータルなサービスを提供しています。幅広い要件に対応できるワンストップサービスが多くの顧客からの信頼を集め、現在は全国で 11 の営業所、3 工場および 179 社の施工会社と連携したサービスネットワークを確立しています。
セッションの冒頭では取締役 生産本部長の田中慎一氏が登壇し、同社が支援するいくつかの顧客事例が紹介されました。
最初に紹介されたのは、ガソリンスタンドを全国展開する顧客の事例です。東亜レジンは 2002 年にスタートした統一ブランド工事、そして 2018 年の看板切り替え工事の 2 度にわたってブランド変更を支援。統一ブランド工事では、全国 12,000 店の約 7 割の工事を請け負い、3 カ月で対応した実績を持っています。
もう 1 つの事例として紹介されたのが、大手コンビニエンスストアチェーンの支援実績です。同業他社との差別化対策として、店舗を 3 色ラインの看板で囲む手法を提案したのは東亜レジンでした。その後は LED 内部照明式の看板も導入し、いまや常識となった看板方式の先駆けとなりました。
顧客事例に続いて、田中氏は同社のアクリル看板の製作工程についても紹介。アクリル看板製作で最初の工程となる「成型」において、同社は一般的な射出成形ではなく木型によるプレス成型を採用しています。
「木型によるプレス成型では、アクリルをゆっくり過熱・冷却するので、素材の分子構造を壊すことなく、アクリルならではの強度や美しさを保つことができます」(田中氏)
このように生産効率だけを追求するのではなく、あえて手間のかかる成型手法を採用して高い品質を維持することで、長く顧客からの信頼や業界でのシェアを獲得することができているのです。
サービス業への転換を支える新たな基幹システムの要件
看板製作を主力とする「製造業」で成長を続けてきた東亜レジンでは現在、製作業務にとどまらないプランニング、設計、メンテナンスまでのトータルな看板管理業務をあらためて自社の最大の競争力と位置づけ、「サービス業」への転換を推し進めています。ここで 1 つの壁になったのが、長年にわたって運用してきた自社開発の基幹システムでした。生産課 課長の伊藤秀悦氏は次のように振り返ります。
「この独自開発した基幹システムは 16 年にも及ぶ運用の中で老朽化が進み、ユーザーのニーズに応えられないことが多くなっていました。周辺アプリを駆使してなんとか業務を完結させる状況が散見されたほか、情報のサイロ化によってデータを使った施策立案も難しい状況でした」(伊藤氏)
こうした現状を打破するために社内でヒアリングを重ねる中で導き出されたのが、「一気通貫な情報を活用した効率的な業務プロセスの再構築」という結論でした。そこで同社は基幹システムの刷新を決断し、新たな基幹システムの必須要件として以下の 4 つを定義しました。
- 一気通貫の業務プロセスの実現
- グループ全体の業務・情報の最適化
- 変化対応基盤の構築
- 将来に向けたさらなる業務の効率化
その後、伊藤氏をリーダーとするプロジェクトチームは新たな ERP パッケージの選定に着手。候補となった 7 社の製品の評価を行い、最終的に SAP S/4HANA® Cloud Public Edition の導入を決定しました。
「製造業からサービス業への転換をスムーズかつ迅速に進めていく上で、サプライチェーン全体における効率的なデータ連携や、それを支える業務プロセスの標準化は大きな課題でした。この点において、世界標準のベストプラクティスが凝縮された SAP には大きなアドバンテージがありました」(田中氏)
一気通貫の情報管理を実現する SAP のクラウド ERP
現在、東亜レジンにおける SAP S/4HANA® Cloud Public Edition の導入は 2024 年 9 月のリリースに向けて最終段階を迎えていますが、導入の決定に際しては具体的にどのような点が評価されたのでしょうか。最大のポイントは、すでにふれた 4 つの要件にもある「情報が断片的ではなく、一気通貫の情報管理によって、受注から会計までシームレスに業務運営を支援する統合システム」という点でした。
「SAP が 1 つのデータベースであることは大きな決め手になりました。これまでは複数の拠点ごとに個別のデータベースが存在していたため、販売/購買/生産/在庫/会計を一気通貫で管理することは不可能でした。SAP があれば、これらをすべて一元管理することができます」(伊藤氏)
さらに伊藤氏は、今回導入する SAP S/4HANA® Cloud Public Edition がクラウド ERP である点についても言及しました。
「従来のオンプレミスの ERP の場合、数年のサイクルでバージョンアップされることが共通認識でした。しかし、SAP が提供するクラウド ERP では、ネットワーク経由で年に 2 回のバージョンアップが行われます。ユーザー側には何の手間も発生せず、常に最新バージョンを利用できる点はクラウド ERP ならではのメリットです。また、これまで情報システム部門の負担になっていた運用・保守コストの削減という面でも成果が期待できます」(伊藤氏)
Fit to Standard を徹底し、約 1 年でスピード導入
続いて、伊藤氏は SAP S/4HANA® Cloud Public Edition への移行プロジェクトに視点を移し、約 1 年という極めて短期間で 2024 年 9 月に予定されるリリースまでたどり着くことができた理由について、次のように話しました
「今回のプロジェクトチームは、指名制ではなく自らの意志で名乗り出たメンバーだけで構成されています。企業にとって基幹システムの刷新は、通常業務を継続しながら、併行して既存のプロセスを変革するという二律背反を強いられる一大プロジェクトです。そのため、今回は覚悟のある人材を集めるために自ら手を挙げてもらうことにしました。さらに、チームのメンバーは所属部署の業務との兼任ではなく、専任としてプロジェクトに集中してもらう体制を整備しました」
こうしたプロジェクトチームの編成に加えて、約 1 年というスピード導入が可能になった要因として Fit to Standard の徹底が見逃せません。
伊藤氏は「SAP S/4HANA® Cloud Public Edition は、標準機能を最大限に活用する SAP のクラウドオファリングである GROW with SAP の中で提供されます。これは当社にとって従来とは正反対のアプローチであり、このシステム選定とプロジェクトチームの人選があってこそ、当初の目標であった一気通貫な情報活用に高いモチベーションで取り組むことができたと思います」と強調します。
またエンドユーザーへの周知・トレーニングにおいても、極力難解な専門用語は避けながら普段から社内で使っている言葉に置き換えて説明するなどの工夫をこらしたことも、組織の隅々にまで目を配ったスピード導入のポイントだったといいます。
最新の AI 活用など、バージョンアップにも期待
SAP S/4HANA® Cloud Public Edition の本格的な活用はこれからですが、Fit to Standard の徹底は簡単ではないと考えていた伊藤氏の予想とは裏腹に、業務の現場には確実なマインドチェンジが生まれているといいます。
「看板製作という当社の事業は製造業の中でもかなり特殊で、Fit to Standard への抵抗はゼロではありませんでした。SAP の標準機能だけではカバーできず、アドオンの発生も覚悟していましたが、実際には SAP の既製服は思ったよりゆったりとしていたので、業務を標準機能に合わせることは比較的容易で、これは現場にとっても大きな驚きでした」(伊藤氏)
これにより、東亜レジンが掲げるクラウド ERP を活用した購買から生産、販売、会計までの一気通貫な情報活用は、その目標に向かって大きく前進し、社内からの期待も高まっています。加えて、新たな基幹システムの 4 つの要件にある「グループ全体の業務・情報の最適化」についても、すでにグループを横断した在庫管理の最適化、生産計画の精度向上、経営情報の管理の高度化、取引の自動化といった点で手応えが得られています。もう 1 つ、「変化対応基盤の構築」でも、外部とのデータ連携や環境変化に対する柔軟性、俊敏性が確認できているといいます。
さらに、伊藤氏は「将来に向けたさらなる業務の効率化」についても、「定期的なバージョンアップで最新の AI 機能などが提供されることにも大いに期待しています」と、SAP S/4HANA® Cloud Public Edition がリリースされた後の継続的な効果にも言及し、セッションを締めくくりました。