SAP Customer Success Day 2025レポート
世界各地に 124 の拠点を展開する三井物産株式会社は、長年の課題であったグローバル人事システムの分散化に終止符を打ち、グローバルで多様な社員の育成・活躍をより推進するため、SAP SuccessFactors を活用したタレントマネージメントシステム「 Bloom 」を導入しました。本記事では、2025 年 6 月 4 日に開催された『 SAP Customer Success Day 2025 』で講演された、単なるシステム導入にとどまらない HR イノベーションへの挑戦についての内容をダイジェストでお伝えします。
〇登壇者
三井物産株式会社
デジタル総合戦略部コーポレート DX 第二室
祝 拓也氏
三井物産株式会社
人事総務第一部次世代人事データプラットフォーム推進室
兼人事総務第二部タレントマネジメント第一室
御代田 優氏
Excel 集計からの脱却へ ―”令和まで続いていた”グローバル人事の課題
三井物産は、62 の国と地域に 124 拠点を展開し、約 9,000 名の従業員を抱える総合商社です。同社では 16 の事業本部と海外地域本部・ブロックによるグローバルマトリクス体制を採用しており、ビジネス面だけでなく人事面でも事業軸・地域軸の両軸での人材管理が求められていました。
しかし、グローバルでの人材情報統合が長年の課題となっていました。「システムが連携していないから Excel で集めている」、「単純な人員集計にも時間がかかる」といった人事担当の声や、「過去に作った人材データベースは使われずに除却した」という IT 部門の経験、さらには海外採用社員からの「本店に活躍を見てもらえていないのではないか」という声が蓄積しており、こうした課題の大きさが今回の変革プロジェクトの背景となっていました。(図 1 参照)
(図 1 )

「自分達の会社の従業員なのに、3 ヶ月前の情報しかわからない。『こんな情報で大丈夫なのか』という状態がこの令和まで続いていたのが当社の実態です」(祝氏)
これらの課題を解消するために、2021 年から SAP SuccessFactors を活用したタレントマネージメントシステム「 Bloom 」プロジェクトが始まりました。プロジェクトの発端は、長年使い続けてきたスクラッチシステムが継続困難であるという IT 部門からの課題提起でした。人事側は知見も乏しく、長らく対応見送りの状況が続いていましたが、いよいよ実行する段階となり、祝氏の上司も「今回成功させるためには、人事部門だけでなく、デジタル総合戦略部もしっかりと参画し、一緒にプロジェクトを推進する」という判断をし、人事× IT の本格的な共創体制が整いました。
そして 2022 年 11 月のアジアパシフィック・東アジア地域を皮切りに、2024 年 4 月の欧州・米州、そして 2025 年 1 月に日本での利用開始を開始し、全世界での本格稼働を迎えました。システムアーキテクチャーの核となったのが「マスター配信式」の採用です。「 Bloom に入っている情報は三井物産グローバルで一番正しい人員マスターであると宣言し、各国のローカルシステムで業務を行う際には Bloom から情報を取得するデータアーキテクチャーを構築しました。絶対に Bloom には必ず最新の情報が入っている状態を築いています」(祝氏)
この背景には、タレントマネージメントシステム成功の鍵となる「鮮度と粒度」への強いこだわりがありました。データが新鮮でなければ使われなくなり、使われないとデータが蓄積されない負のスパイラルを避けるための戦略的判断でした。機能配置においても、グローバル管理の必要性が高い発令、人材検索、評価情報などを Bloom に集約する一方、各国の法制度要件が強い勤怠管理や健康管理などは各地域で個別最適化する方針を採用しました。現在は SAP SuccessFactors Employee Central を基盤とした構成となっています。(図 2 参照)
(図 2 )

根性と伴走が生んだグローバル HR の意識変革
グローバル展開において最大の課題となったのが、各拠点との意識合わせでした。「グローバルでは関わる相手も多くなります。特に当社は人事制度が地域によって異なるため、地域ごとにコミュニケーションを取っていく必要がありました」(御代田氏)
本社から見える景色と各地域から見える景色は全く異なり、そもそもタレントマネージメントシステムは必要なのかという根本的な疑問から、各地域により必要な情報が異なること、本社のような大きな組織でない場合対応が難しい、などといったさまざまな要望が寄せられました。(図 3 参照)
(図 3 )

地域ごとに異なる人事制度や必要性に関する温度差に対し、同社はチェンジマネージメントチームを組成して対応しました。「海外拠点の人事担当者との伴走による行動と意識の変革を重視し、相互コミュニケーションのための仕組みと体制を構築しました」(御代田氏)
このチームでは、各拠点のマネージメント層からメンバー層まで明確な役割定義を行いました。特にマネージメント層からのサポートがないと、「なぜやらなければいけないのか」、「今は足元の業務が忙しいからできない」という声が上がるため、マネージメントレベルでの意識合わせを重視しました。(図 4 参照)
(図 4 )

プロジェクトを通して海外拠点人事の行動・意識変革が進み、グローバル HR の結束力が高まったことで、各拠点の HR がハブとなり、Bloom の利用を促進する体制が構築されました。実は、Bloom という愛称はグローバル公募で決定された名称です。各地域の HR メンバーが主導してグッズ作成や説明会を実施し、上海やインドなどでもローカルの人事メンバーがイニシアチブを取って展開活動を進めました。特に印象的だったのは、ドイツの HR 担当者の変化です。当初は「なぜタレントマネージメントシステムを入れなければいけないのか」と疑問視していた担当者が、最終的には「 Bloom はタレントマネジメントのためのシステムなのだ」と自分の言葉で社員に語るまでになりました。
また、階層別にタレントマネジメントシステムの利用シーンが異なることを考慮し、シニアマネジメント・ラインマネージャー向けと社員向けに分けて利用説明会を実施しました。「ステークホルダー別に経営層、営業シニアマネジメント、ラインマネージャーなどへの説明を行い、外部発信なども通じて本店からの認知拡大を図りました。チェンジマネジメントで工夫した点は、コミュニケーションと根性です」(御代田氏)
御代田氏自身も 3 年半前に営業部門から手挙げの人事異動制度を活用して Bloom プロジェクトに参画し、本店のチームメンバーと各拠点のオフィスに出向きコミュニケーションを取るなど、地道な活動を続けていったといいます。また、WalkMe for SAP SuccessFactors HCM を導入。WalkMe の活用により、従来は IT 部門への追加開発依頼が必要だった要件を、人事部門が自律的に実現できるようになりました。
「今までは『システムのここにメッセージを表示したい』という要望には、追加開発費用が発生してしまうことを説明していましたが、WalkMe を導入したことで人事側が自分達で設定できるようにもなりました」(祝氏)
個の把握から始まり、キャリア開発やデータ活用まで見据えた仕組みに
現在の Bloom 活用は「個の把握」が中心となっており、グローバル全社員が相互に情報を閲覧できる「電話帳」から「社員プロフィール」への変化を実現しています。具体的な活用例として、社員の属性・情報を活用して人事異動検討の参考情報とする取組みなどが進んでいます。「現地採用の社員の情報も見られるようにするというところが大きなポイントでした。Bloom を開くと、全世界で必要な人に情報が届くようになりました」(御代田氏)
今後の活用促進は 3 段階で計画されています。(図 5 参照)現在企画中の次期フェーズでは社員の自律的キャリア開発サポートとして、「社員とのキャリアに関する対話のプラットフォーム」として活用する予定です。
(図 5 )

「 Bloom を社員とのキャリアに関する対話のプラットフォームとして活用できないかと考えています。この Bloom を使って社員が自律的にキャリアを育成していくためのサポートやコミュニケーションを実現していきたいです」(御代田氏)
さらに中長期的には人事戦略立案における分析機能を強化し、研修企画・育成計画のために事業計画実行に必要なスキルと社員が持つスキルを比較分析する機能や、人材配置へのデータ活用を進める予定です。同社の取り組みで特筆すべきは、Bloom を人事システムの枠を超えたデータプラットフォームとして位置づけていることです。
「 Bloom には世界で一番正しい三井物産の人員情報と組織データを入れています。これを人事だけにとどめず、当社グローバルのすべてのシステムの ID マスター、組織マスターとしても活用したいと考えています」(祝氏)IT 部門では、従来の ID 管理における課題として、集中管理すると情報がアップデートされていなかったり、役職情報が欠けていたりする問題がありました。Bloom からの配信により、グローバルすべてのシステムで一貫したマスター情報を活用できる体制を構築し、データ連携基盤、ID 連携基盤を通じて各システムに組織データと人員データを配信する仕組みも整備していく方針です。(図 6 参照)
(図 6 )

「ただし、マスター配信方式による課題もあります。最も苦労するのはインターフェースです。現在も非常に苦労しており何度も挫折しかけましたが、それ以上の利点があるためプロジェクト全体で取り組んでいます。」(祝氏)
各国システムとのインターフェース構築においては、構築も運用にもコストが発生するため、小規模拠点については、コストパフォーマンスを考慮して Bloom からのダウンロード・インポート方式を併用するなど、柔軟な運用も取り入れています。それでも、SAP SuccessFactors というグローバルスタンダード製品を使用することで、受け手側システムのデータ構造も比較的親和性が高く、配信しやすくなっているという利点もあります。「 SAP SuccessFactors なら、受ける側のシステムもある程度データ構造が近く、マスターをグローバルスタンダードにしたことで、比較的配信しやすくなったと感じています。」(祝氏)
三井物産の Bloom プロジェクトは、グローバルタレントマネージメントシステム導入を通じた組織変革の新たなモデルケースとして、従業員マインドセットや組織文化の変革、さらには企業間コミュニティ形成まで視野に入れた包括的な取組みの重要性を示しており、多くの企業にとって示唆に富む内容となりました。「我々はこれをただのシステム導入にはせず、これをきっかけにいろいろなイノベーションにつなげることに今も取り組んでいますし、これからも取り組みたいと思っています。また、HR や IT という領域にかかわらず、皆さまとの関係を築いていきたいと思っています」(祝氏)



