⽇本企業の⼈事戦略におけるAI活⽤の最前線―大規模人事システム導入の難所や生成AIの活用ポイントとは

⽇本企業の⼈事戦略におけるAI活⽤の最前線―大規模人事システム導入の難所や生成AIの活用ポイントとは

フィーチャー

HR Connect Tokyo 2025レポート

採用・タレントマネジメント・エンゲージメント向上など人事領域のさまざまな場面において AI の活用が進んでいます。2025 年 8 月 6 日に開催された『 HR Connect Tokyo 2025 』 では、SAP SuccessFactors を導入している住友商事、パナソニックグループ、本⽥技研⼯業の 3 社によるトークセッション「⽇本企業の⼈事戦略における AI 活⽤の最前線〜現場の挑戦と実践のリアル〜」を実施。各社は HR ソリューションをどのような目的で導入し、AI をどのような場面で活用しているのでしょうか。セッションの模様をダイジェストでお伝えします。

〇登壇者

住友商事株式会社
HR 企画戦略部 HR tech Director
海老沼 貴明 氏
海老沼さん

 

 

 

 

パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社
エンプロイーサクセスセンター HR テクノロジー統括室 ピープルアナリティクス課
ユニットリーダー
萩原 章義 ⽒
萩原さん

 

 

 

 

本田技研工業株式会社
人事部 HR データマネジメント課 主任(デジタル HR コーディネーター)
鈴木 翔 氏
鈴木さん

 

 

 

 


三社三様のSAP SuccessFactors 活用法

このトークセッションでは、SAP SuccessFactors を比較的早期に導入した“ファーストペンギン”の住友商事株式会社、グローバルのタレントマネジメントなどを目的に導入しているパナソニックグループのIT 戦略・オペレーション効率化を担うパナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社、リージョンそれぞれが SAP SuccessFactors を活用している本田技研工業株式会社から3名が登壇しました。(図 1 参照)

(図 1)

ご利用状況

冒頭では、各社のSAP SuccessFactors を含めた HR Tech に関する取り組みが紹介されました。まず住友商事は、主要なデータソースをひとつのプラットフォームにまとめ、BI ツールを用いて経営資源を可視化し、意思決定に活用する“データドリブン経営”を実施しています。人事部門もその一翼を担い、人事データ基盤を構築しました。この基盤から BI ツールに連携して、経営陣に見せる人事ダッシュボードを作成しています。またそれとは別に人事組織内で参照する「COEHRダッシュボード」を 50 個以上作成し開示しています。「特徴的なのは、SAP SuccessFactors のデータベースなどの人事システムを使い、過去データも含めたレコードをレプリケーション(データを社内に構築したデータウェアハウスに複製・同期)させ、当時の組織構成や年齢構成、等級滞在年数などの長期的な社内リソースの変化を可視化し、BI ツール上で閲覧できるようにしている点です。今後は財務と人事のデータを組み合わせ、多角的な分析を行うことや、より幅広い AI 活用を見据えてデータ基盤を構築していくことを目標に掲げています」(海老沼氏)(図 2 参照)

(図 2)全体像

次にパナソニックグループでは、ピープルアナリティクスの取り組みとして、「組織・人の現状の可視化」「データを有機的に結合して分析」「将来を予測・シミュレーション」という三段階で人事データを活用しています。SAP SuccessFactors により収集管理したデータやソリューションも多くのシーンで活用しています。「高度なデータ活用の取り組みとしては、特定のポジションに対して活躍しそうな人材をデータから導き出したり、自分にどのようなキャリアが向いているのかを可視化したりしています。また生成 AI によって、求職者にパナソニックグループの情報を適切に届ける取り組みも実施しています。難易度の高い分析≠効果ではないため、課題に応じたデータ活用のステージを選択することが重要です」(萩原氏)(図 3 参照)

(図 3)
人材マネジメントの高度化

そして本田技研工業では、グローバルシステムを起点とした HR 基盤と AI を掛け合わせ、従業員が働きやすく、各々の可能性を最大限発揮できる土台作りを目指しています。「 HR はどうしたら従業員が生産性に寄与する業務に長く関われるのかなどの検証を進め、時には経営層にバイアスなきデータを渡し、意思決定を支援するような取り組みを行っていく必要があると思います。多様性やグローバル関連など情報は年々増加していきますが、AI を活用すれば、今の業務範囲において接点のない従業員もマネジメントの『見える範囲』に入ってくることが可能になります。HR 基盤(プラットフォーム)の中において、HR プロセスと AI の活用方法を一緒に考えていきます」(鈴⽊氏)(図 4 参照)

(図 4)グローバルシステム

グローバル人事システムの導入・活用がうまく進まない理由

ここからは、2 つの問いを立ててセッションの参加者に投票してもらい、議論を展開しました。最初の問いは「なぜグローバル人事システムの導入・活用はうまく進まないのか?」です。参加者の回答は次の通りでした。(図 5 参照)

(図 5)
導入の難所

この投票結果に対して、萩原氏は「今の時代、グローバル人事システムは『戦略』『制度』『業務プロセス』『システム』『データ』の 5 つが揃ってこそ真価が発揮される思います。特に、戦略と制度が置き去りになりがちではないでしょうか」と話し、自身の苦い経験を語りました。「2016 年頃、海外事業をこれまで以上に伸ばしていくことが事業戦略として重要だったため、3 年後、5 年後を見据えてグローバルなタレントマネジメントのデータベースを作りました。しかし実際にシステムが完成したとき、戦略や制度には想定していたような大きな変化がないという状況でした。まさに、戦略や制度が置き去りになった事例です」(萩原氏)

海⽼沼氏も戦略策定に関する難しさについて「戦略は各社によって異なりますし、国内やグローバルでどのデータをどこまで収集するのか、評価に関するレーティングを全世界で合わせるのかなど、決めるべき事柄も非常に多いです。しかしこれらを戦略に基づき、意思決定の中で決めていく必要があります。その要件定義が適合しているのか、それを誰が判断するのかも含めて、責任の所在を証跡として残すことも重要ではないでしょうか」と指摘します。

鈴木氏も「最初から連動していることは少ないですね。ゴールも変わっていくため、連動させていくことが重要です」と同意しながら、次のように話しました。「『5 年後、10 年後に会社がどう変わっていくのか』を踏まえて、どういった戦略や施策になるのかを本音で話し合い、『本当に必要なもの』を突き詰めていく必要があると思います。かといって、やるべきことが決まっても、順調に進むわけではありません。事業のゴールが変わったり、技術革新が想定より早く進むこともあります。でもそこで思考停止せずに『どうすべきか?』を考え、進めていくことが重要だと思います」(鈴木氏)

「合意形成」の難しさ

続いて「合意形成」に関する議論が交わされました。鈴木氏は「技術面が理解されていないから話を聞いてもらえない、自分の仕事が増えるから取り合ってもらえないなど、前提やスタンスを踏まえて合意点を見出す必要がある」と語った上で、こう言及しました。「『境界線をまたぐ』ことが重要だと感じます。相手の業務領域に多少踏み込める関係を構築しながら、会社やお互いのために合意形成していくのです。一方で、やらなければいけないことは覚悟を決めて、説得していく場面もあると思います」(鈴木氏)

この話題について海⽼沼氏は「人事部門がソリューション導入を上申した際、経営層から『なぜこのソリューションが必要なのか。費用が高すぎるのでないか』などの意見が出ることは当然あります。ビジネスサイドと会話し、ビジネス上の必要性と絡めて説得力のあるストーリーを作っていく必要があるでしょう」と語りました。

萩原氏は、部門間での合意形成について「人事部門と IT 部門との間に壁ができることもある」と話します。その解決方法として「あるプロジェクトでは、毎週人事部門と IT 部門が立場を抜きにプロジェクトを上手く進めるには?を会話する場を設け、お互いが何に困っているのかなどを共有。同じ目的に向かえるようにしました。地味ですが、非常に大事なことだと思います」と言及しました。

人事領域における生成AIの使いどころ

続いての問いは「人事領域における生成 AI の使いどころは?」です。その投票結果は以下の通りでした。(図 6 参照)

(図 6)
生成AIの使いどころ

この問いに関し、萩原氏は「大きく 2 つの視点で考えています。ひとつは生成 AI の得意分野である対話やテキスト処理を人事部門の業務に当てはめることです。採用業務でのジョブディスクリプション作成や履歴書の読み込み、それからキャリアプランや 1 on 1 など対話の多い領域は、生成 AI との相性が良いと思っています」と話します。「もうひとつは 、一般的な知識がそれなりに活かせる『一般解』と、自社の情報が不可欠な『個別解』に分けて考えることです。採用と育成は個社を超えて共通言語化されている側面が多いので前者、配置転換や評価は、自社データが組み込まれた状態でないと真価を発揮しないので後者でしょう。よって当社では、前者は汎用的な生成 AI ツールを、後者は自社データを使ったマッチング機能を活用しています。ただし、最近は自社データベースを組み込む生成 AI も身近になってきたので、後者でも生成 AI 活用のポテンシャルはあると思います」(萩原氏)

海老沼氏は、人事部門の中で生成 AI を多用しているそうです。「目標管理やキャリアアセスメントのたたき台作成において活用しています。また人的資本開示資料の他社事例や傾向値などの調査手段としても活用していますね。このほか、人事制度を検討する際のリサーチや壁打ち相手、RPA のようなオートメーションツールに生成 AI を搭載して、機能を作らせることも行っています。問い合わせ対応に関しても、社内規定を学習させてトライアルで使っています」(海老沼氏)

人事部門以外に生成 AI を展開していく際は、どのような工夫ができるのでしょうか。鈴木氏は「生成 AI を自分で扱うと『すごい!』という驚きが得られると思います。こうした体験が、新しい施策を受け入れるきっかけになるでしょう」と話します。「当社では今、AI 人材が各現場に入って業務支援を行っていますが、これはコミュニティ施策から AI を広めていく取り組みとして、当社ならではだと思います。よくできた外部の研修動画よりも、社内で手作りした動画のほうがよく観てくれることもあります。生成 AI を実際に触ってみることや、社内の身近な人物が説明することは、重要なポイントだと思います」(鈴木氏)

海老沼氏はまた違う視点で「人事部門は守りの意識が強い組織で、不完全性を許容できない組織が多いと思います。しかし生成 AI は不完全な領域ですから、不完全を柔軟に受容し、全体の効率性を追求できる組織文化の醸成にも取り組んでいきたいです」と語りました。

まとめ

最後に、萩原氏は「IT やピープルアナリティクスは、あくまでツールに過ぎません。しかし気づけば、ツールありき、データありきになっていることはありませんか。ツールを武器に例えるなら『武器屋は魔王を倒さない』ですよね。言い換えるなら、武器屋だけでは魔王を倒せないのです。だからこそ勇者である他部門とパーティーを組んで進行する必要があります」と言及します。「その時に重要な視点が『Tech やピープルアナリティクスで何をしたいか』です。この目的や意思、制度、業務プロセスと、HR Tech やピープルアナリティクスがかみ合うから意味を成すと思います」(萩原氏)(図 7参照)

(図 7)
成果

「両者をかみ合わせるために『何のためにデータやテクノロジーを活用したいのか』を考えてみてください。私は『データとテクノロジーの力で人と組織を活き活きさせたい』とという Will をもっており、これが業務に取り組む上での軸となっています。だから時には、魔王を倒すという共通の目的の実現に向け、お互いの役割を越えて、「境界線を越えて」動きます。この役目は誰が負っても良いですが、鳥瞰的な視点を持つ私たちが担うのが一番の近道だと思っています。境界線を越えて行動するのは正直しんどいです。そこを乗り越えるために、みなさん、ぜひ想いを言葉にしてください。想いを言葉にすると、志が固まり、社内外から人が集まってきます。こうして仲間ができると覚悟が定まります。ぜひ覚悟を持って、ともに境界線を越えていく存在になっていきましょう」(萩原氏)

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