HR Connect Tokyo 2025レポート

創業 100 年を超える老舗企業が、なぜ今、人事 DX に本格的に取り組むのか―。自動車用ランプで世界トップクラスのシェアを誇るスタンレー電気株式会社が描く、2030 年に向けた組織変革の挑戦は、多くの日本企業にとって示唆に富む内容となっています。2025 年 8 月 6 日に開催された『HR Connect Tokyo 2025』では、同社人事担当 執行役員 尾高 和浩氏が、「一人ひとりの力を競争力の源泉に」というコンセプトのもと、SAP SuccessFactors を基盤とした人事 DX 戦略について詳しく語りました。

 

〇登壇者
スタンレー電気株式会社
人事担当 執行役員  尾高 和浩 氏
尾高様

 

 

 

 


光の可能性を追求し、100 年を超えて成長するグローバル企業

1920 年の創業から 100 年を超えて事業を展開するスタンレー電気は、自動車用ヘッドランプ・テールランプをメイン事業とし、事業構成としては自動車機器事業が売上の 74.1 %、残りを電子応用製品事業とコンポーネンツ事業が支える形となっています。売上高は約 5,095 億円、連結従業員数 18,581 名(2025 年 3 月 31 日現在)のグローバル企業として成長を続けています。現在は日本、米州、アジア・大洋州、中国、欧州の 5 地域で事業を展開し、それぞれがバランス良く収益に貢献する構造を築いています。(図 1 参照)

(図 1)
会社概要

同社のビジョンは「光に勝つ」。尾高氏は「光の持つ可能性を使って、世の中の人々に安全安心な社会を築いていく、これを心がけて事業を展開している会社」と説明し、単なる自動車部品メーカーを超えた、光技術による社会貢献への強い想いを示しました。同社が現在推進する第 Ⅷ 期中期計画において、人事領域で掲げているコンセプトが「一人ひとりの力を競争力の源泉に」です。この考え方の根底にある哲学について、尾高氏は次のように語りました。「人の想像力によるアイディア、人の想いによる突破力、さらにはさまざまな人たちが共創することによる総合力、これが価値創造の原動力だと我々は捉えています。従って、新しい価値を創造できるのは人であり、一人ひとりの力が最大限発揮されることが最も重要です」

この哲学のもと、同社は社員一人ひとりに対して「“自発”挑戦型人材」になることを期待しています。企業価値向上という最終目標に向けて、人事部門は社員一人ひとりの力が最大限発揮できるよう制度環境を整え、社員には自発的に挑戦する人材になってもらいたいというメッセージを明確に打ち出しています。(図 2 参照)

(図 2)
人事戦略

エンゲージメントサーベイで浮き彫りになった課題と解決へのアプローチ

しかし、理想と現実の間にはギャップが存在していました。スタンレー電気が毎年実施しているエンゲージメントサーベイから、従業員と経営層の双方が抱える課題が浮き彫りになったのです。従業員視点からは、経営戦略方針のブレイクダウン不足、公正な報酬への疑問、権限不足、コミュニケーション不足、キャリア展望への不透明感という課題が明らかになりました。一方、経営層の視点では、人材不足、適材適所の人事実現の困難さ、グローバルでの多様な人材の活用不足、従業員エンゲージメントの低迷という課題が挙げられました。これらの問題を受けて、同社では人事領域として 5 つの課題を設定し、それぞれに対応する施策を体系的に展開しました。社員に対する「行動指針の策定と浸透」、「全方位コミュニケーションの強化」、「権限委譲による能力向上」、「役割と実績に基づく報酬体系」、そして全社的な「業務負荷の軽減」です。人材方針の策定では、「“自発”挑戦型人材」という人材像を明確に定義し、管理職と一般社員それぞれに対する期待行動を具体化しました。

特に注目すべきは「ミドルマネジメントポリシー」の策定です。ヒューマンアセスメントの結果から「残念ながら自発的に行動する方々が少ないというのがスタンレー電気の特徴」であることが判明したため、管理職に対してビジョンの設定と浸透、人材・組織の開発、挑戦・変革の旗手という 3 つの期待行動を明示しました。(図 3 参照)

(図 3)
人材方針

「このマネジメントポリシーを行動評価に使用し、部下・上司・同僚からマネージャーがこれらの行動を実践しているかを評価することで、管理職の意識改革と行動変容につなげていきたい」と尾高氏は語り、360 度評価を通じた管理職変革への意気込みを示しました。

社長との対話の場と 1 on 1 で生み出す「正のスパイラル」

全方位コミュニケーション強化の施策として、スタンレー電気が力を入れている施策のひとつが社長ダイレクトコミュニケーションです。社長自らが各事業所に出向いてタウンホールミーティングを開催し、その後のラウンドテーブルミーティングで質問自由のフリーディスカッションを実施しています。この取り組みは 2024 年実績で国内全事業所、海外主要事業所で展開されています。そして、1 on 1 コミュニケーションを核とした取り組みにも注力しています。「社員一人ひとりが自分のやりたいキャリアを考え、それを 1 on 1 コミュニケーションを通じて上司に伝える。上司は部下がやりたいことを聞いた上で、どのような仕事をアサインするか、どのような OJT を展開するかといった支援やアドバイスを行います」

この仕組みの秀逸さは、部下の成長と仕事能力向上により上司自身の業務負担も軽減される構造にあります。尾高氏は「負のスパイラルではなく、正のスパイラルになるよう1on1を展開しています」と説明し、社員の成長、エンゲージメント向上、学ぶ風土の醸成を同時に実現することを目指しています。(図 4 参照)

(図 4)
働きがい

人材育成体系も抜本的に見直し、従来の階層教育中心から自己選択型教育へと大きく舵を切りました。「全社共通教育は基本的にミニマムとし、それに代わって自己選択型教育を強力に推進し、会社から指示されるのではなく、自発型の教育を重視しています」と尾高氏は変革の方向性を示しました。また、経営候補者については、Ready Now(次期執行役員候補)、Ready Soon( 3 ~ 5 年以内登用可能)、Mid Term( 5 ~ 10 年で登用可能)の3階層に分けて計画的育成を進めていきます。給与制度と評価制度の改定では、役割等級制度を導入しましたが、特に重要視するのは「全社方針、部門方針に基づく目標管理制度の導入」です。これは、同社が運用するタレントマネジメントシステムと最も密接に関連する施策となります。

尾高氏は講演の前半部分をまとめて次のように述べました。「これらの施策が有機的に回っていくことが最も大切です。各施策を独立して展開するのではなく、連動させながら展開することで、社員一人ひとりの意識と行動を変え、働きがいとモチベーションを高めることが、我々の人事戦略です」

従来システムの限界が明らかにした 3 つの根本問題

人事 DX の取り組みについて、尾高氏はまず従来システムの問題点から説明を始めました。国内の人事・給与システム、海外26社に展開されたグローバル人事システム、エンゲージメントシステム、評価システムという構成でしたが、3 つの根本的な問題がありました。(図 5 参照)

(図 5)
人材マネジメントサポート

まず「見たい情報をタイムリーに抽出できない」という問題です。尾高氏は「特にグローバル人事システムが情報更新されないという問題を抱えています」と現状の深刻さを語りました。第 2 の問題は「システムが分断しているためIT化が進まない」ことで、評価システムとの連携ができておらず、手作業とエクセル作業が多発していました。第 3 に、「新しい人事施策を支援するシステム構成になっていない」ことが最大の課題と考えられていました。これらの課題を解決するため、スタンレー電気がタレントマネジメントシステムに求める機能を4つに整理しました。

1  つが「リアルタイムな人的資源情報の提供」です。グローバルでどこにどのような人材がいるか、次のポストの候補者は誰か、その人たちのスキル情報はどうかを可視化することを目指しています。2 つ目は「社員のキャリア実現に向けたスキルアップ情報の提供」を挙げました。エンゲージメントサーベイの結果や1on1を通じて判明するキャリア志向などの情報を統合的に管理できるシステムが必要でした。3 つ目は「戦略的な人事施策遂行のための情報提供」として、人材育成計画、学習管理システム、面談管理システムの情報一元化を求めました。そして 4 つ目は「人事オペレーションのIT化」により、評価業務、給与、勤怠をすべてIT化することで手作業を排除することを目指しました。

SAP SuccessFactors 導入―「 One Stanley 」への道筋を描く

しかし従来システムでは機能が不足しているため、思い描いた施策ができません。根本的なシステム刷新の必要性を感じ、SAP SuccessFactors の導入を決定しました。導入目的として上述した 4 つの機能である、リアルタイムな人的資源情報の提供、キャリア実現に向けたスキルアップ情報提供、戦略的人事施策遂行のための情報提供、人事オペレーションの IT 化を掲げました。2025 年 4 月から新しい給与制度、目標制度が立ち上がることが既に決まっていたため、2024 年 8 月にタレントマネジメントシステムの再構築を開始しましたが、6 か月間で立ち上げなければならないという事情がありました。極めて短期間での導入を実現するため、給与、勤怠、エンゲージメントサーベイシステムは現行システムを活用し、データ連携で対応しました。

尾高氏は「この判断により、2025 年 4 月に我々が考えていた基本的な部分は無事に立ち上げることができました」と振り返りました。現在、コア人事、レポート、後継者、目標管理、成長機会、学習管理といったモジュールを契約し、段階的な展開を進めています。(図 6 参照)

(図 6)
導入モジュール

国内でのシステム導入が計画通り進む中、次なる挑戦はグローバル展開で、段階的なアプローチを計画しています。STEP1では 2025 年からグループ各社の人事データを SAP SuccessFactors に連携・集約、STEP 2 として 2026 年度からグローバル人事ポリシーを確立、STEP 3 としてグローバル人材の可視化を進め、適材適所の人事を実現する計画です。海外でのパイロット導入の対象となる米国オハイオ州とミシガン州の2社について、尾高氏は 2025 年 7 月に現地を訪問しました。「現地経営層へグローバル人事の必要性、全体像を説明することが最大の目的でした」と説明し、海外現地法人との間にグローバル視点の人材育成について温度差が少しあったものの「導入の目的についてはそれぞれの現地経営者に理解していただけました」と手応えも示し、2026 年 4 月の展開開始を目指しています。

講演の終盤で尾高氏は今後の重点課題を明確に示しました。「今後は後継者を管理するだけでなく、どのように育成していくかがカギとなります。これは 2025 年中を目処にぜひやり遂げたい」と強い決意を示しました。中期的には「グローバル共通の人事ポリシーを確立し、特に社員のキャリア形成、人材育成に結びつけていくところが最も大切ですので、今後はそこに注力していきたい」と方向性を明示しました。そして最終的な目標として「 One Stanley 」の実現を掲げました。「グローバルのスタンレー社員が、共通の考え方の下で、同じようなレベルの仕事をしていく。これが我々として目指す姿です」と語り、システム刷新を超えた組織文化の統一への意欲を示しました。(図 7 参照)

(図 7)
人材育成

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