HR Connect Tokyo 2025 レポート

小売業発の金融サービス企業として国内のみならずグローバルで事業を展開するイオンフィナンシャルサービス株式会社。金融事業を取り巻く経営環境が大きく変化する中、長期的視点で企業としての発展力を確保するため、同社は新たな人事戦略の構想をスタートさせました。2025 年 8 月 6 日に開催された『 HR Connect Tokyo 2025 』では、同社取締役兼専務執行役員の三島 茂樹氏が、同社の人事制度における課題や変革に向けた取り組みについて語りました。

〇登壇者

イオンフィナンシャルサービス株式会社
取締役兼専務執行役員
人事総務兼経営管理担当 人事総務本部長
三島 茂樹 氏

三島様

 

 

 

 


小売業発の金融サービス企業として事業を拡大、人材戦略の変革が課題に

「金融をもっと近くに。一人ひとりに向き合い、まいにちのくらしを安心とよろこびで彩る」をパーパス(存在意義)に掲げるイオンフィナンシャルサービスは、イオングループで総合金融事業を担う企業です。小売業発の金融サービス企業としてクレジットカード、銀行、保険、電子マネーといった幅広い事業を展開。現在では、日本を含め 11 か国に展開し、従業員数も約 1 万 5 千人に達する企業グループへと成長を遂げています。同社の歴史は、前身である総合スーパー「ジャスコ」において、買い物客向けに「ジャスコカード」を発行したことから始まります。さらに 1987 年には香港への支店開設を皮切りに、アジア諸国へも事業を拡大。2007 年には 365 日営業を行うイオン銀行を開設するなど、顧客に寄り添った総合的な金融サービスを提供してきました。(図 1 参照)

(図 1)
イオン

そうした事業拡大を続けていく中で急務だったのが人材戦略の変革です。

「私は人事総務担当の役員として、2024 年からイオンフィナンシャルサービスグループの一員に加わりましたが、小売業発の金融という独自の発展を遂げた当社において、国境を越え、グループ最適で活躍してもらうための人材戦略を策定するとともに、人材活用を支えるプラットフォームを作ることが重要と考えました」(三島氏)

同社が抱えていた課題の 1 つに、現在の役員層が会社の成長期に多様な経験を積んだ最後の世代になっており、40 代中盤から後半の世代の社員は十分な経験を積めていないことがありました。

「社会からお預かりした人材の成長を支援し、活かすことが経営者の最大の責任です。この考えのもと、まずはグループ内から人材を選抜し、意図的に重要なプロジェクトにアサインして CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)を連続的に回していくこと、そして、20 代、30 代、40 代の年齢ごとにそれぞれ 100 人ずつタレントプールを作ることを目標としました」(三島氏)

あわせて人材のエンゲージメント、パフォーマンス、モチベーションを最大限に引き出すための MBO 、評価制度、学習体系といった制度・環境をグローバル企業レベルに向上させることも急務でした。(図 2 参照)

(図 2)
ディスカッション1

グローバルでの人材マネジメントの必要性についても、経営陣と議論が重ねられました。

同社は海外 10 カ国で子会社を持っており広範な国と地域で事業を展開しています。しかし、各国のグループ会社は個別最適による人事制度を運用していたため、人材の把握が不十分であり、ローカル人材のグループレベルでの登用配置についても未整備でした。

「実際、東京の持ち株本社と各国の海外子会社で人材マネジメントに連動性がほとんどなく、キャリアパスにはガラスの天井がありました」(三島氏)

これらの課題解決に向けて、同社は図3に示すような方針を定めます。(図 3 参照)

(図 3)
ディスカッション2

「イオングループの状況を見渡すと、やはりグローバルな人事機能が未確立であり、体制の整備やケイパビリティの強化を図るとともに、各国の人事制度のレビューを徹底的に行うことで、最適なグローバル人材マネジメントを実現する必要があると考えました。そのためにも、これらの取り組みを SAP 社のチームとの壁打ちの議論を通しながら、課題形成と具体的にどのようなステップを踏んでいくか、考えていきました」(三島氏)

多くの課題に向き合い続けた 2024 年、人事戦略の変革はようやくスタート地点に

しかし、これらのキーディスカッションで議論された変革は、2024 年から 1 年を経て、ようやくスタート地点に立った状況です。「2024 年度は、イオンフィナンシャルサービスとしても、企業の存在意義が問われるような、数々の経営課題に直面した1年でした」(三島氏)

イオンフィナンシャルサービスは、過去の創業者的経営陣の卓越したリーダーシップと、イオングループという小売業の中の金融業として、大きな顧客基盤を構築してきた独自のビジネスモデルにより、成長を続けてきました。しかし、近年ではフィンテックの台頭やグローバル化の進展、そして、キャッシュレス決済を中心とした異業種間の競争など、日々新しい事態に直面しています。

「そうした激変の時代を迎える中で、イオンフィナンシャルサービスが優れた“人財”を育て定着させるための人事機能が十分に機能していないことに、改めて気づかされました」(三島氏)

人事面で浮上していた課題には、ここ数年にわたる離職率の高止まり、人事を担当する組織が経営戦略を実行、支援するにしても常に後追いになっていること、また、リソースも専門知識も不十分であるほか、データの蓄積や活用も行われておらず、データベース HR と程遠い状況にありました。これらの課題解決には、人材マネジメントの専門的な機能体制強化が必要であるという認識に至ります。(図 4 参照)

(図 4)
向きあう

また、業界が劇的な環境変化の中にあって、収益力の低下やガバナンスの問題という厳しい現実にも直面していました。これらの根底には、創業期に成功をもたらしたビジネスモデルが、変化の波の中でむしろ、組織や人材の課題として、顕在化してきたと分析します。

「特に、人材スキルを考慮しない要員配置、職位・役割の不明確さ、強固な縦割り意識、そして上下間のコミュニケーション不全といった人・組織の問題が、不正利用などの根本原因として特定されました。社外取締役からも、適切な組織設計と適材適所の人材配置、そしてミドルマネジメントの意識改革が強く要請されていました」(三島氏)

『企業の発展力は人』との精神に基づき、“全員活躍”を人事戦略のコンセプトに策定

これらの課題を踏まえ、イオンフィナンシャルサービスが人事改革を進めていく中で打ち出した方針が「人事を企業の発展力にする」です。

「現状の課題を踏まえ、『企業の発展力は人』であるという、イオングループの本来ある精神に立ち返って、人という最も重要な資源を戦略に基づいて最大限に活用していく、全員活躍というコンセプトを掲げました」(三島氏)

全員活躍というコンセプトを実現するためには、「できるだけ多くの人が一人ひとりの能力やキャリアプランに応じて企業の戦略実現に貢献してもらう」「全員が学び、挑戦し、自身に期待される成果を出していく」「パーパスを求心力にしてエンゲージメントを高め、適材適所が常に追求され実現される」ことが不可欠です。(図 5 参照)

(図 5)
人事のコンセプト

「これらの人事戦略を、経営チームに提案しました。その中で、人事部門の役割は個別の制度やルールの“運用屋”ではなく、“全社員の成長に貢献するための価値創造システムを構築し提供する”ことにあると強調しました。そして、あるべき姿を目指すために、将来を担う経営人材、プライオリティを見直して、計画的に配置と育成をするサクセッションプランを明確化していくことを訴えました」(三島氏)

また、人事の大きなチャレンジとして、ビジネスの現場、将来を見据えた活動を展開し、グローバルな視点と、労働市場との接点を強化すること、将来を見据えた組織ビジョンを明確化し、必要な専門人材を確保すること、データ活用による判断と課題解決を推進し、より戦略的な人事機能を構築していくこと、これらの取り組みを通じて、人を企業の資産と捉えて持続的な成長を支える強固な基盤を築いていくことを経営チームで議論しました。(図 6 参照)

(図 6)
戦略提案

これらの取り組みについて同社は、価値創造システムという考え方のもと、グループ、グローバルのユニットごとに再構築を進めています。経営戦略に基づき、人材ポートフォリオ、中期要員計画を策定することで、キーポジションの見える化や、能力要件を明確化、後継者育成計画など経営戦略と人事施策の連動を図っています。

「また、国内グループにおいては、採用ボーディングやキャリア開発、育成、定着、評価がエンプロイエクスペリエンスの観点から繋がっていなければならないと考えました。そこで、従来は単独の取り組みだったものを、個人のキャリア志向や経験、ジョブのスキルセットや知識といったデータで繋ぎ、従業員の成長を促すサイクルを実現するシステムと連携させていきます」(三島氏)

これらの取り組みを、人権・ DE&I ・エンゲージメントといった個人を尊重するイオングループの理念を体現する取り組みで支えていく考えです。(図 7 参照)

(図 7)
人事戦略

 

続いて、同社が策定した、新たな経営人材育成の全体像についても説明しましょう。経営人材の育成では、世代別に次世代経営人材の候補者を選出し、それぞれの育成デベロップメントフェーズに合わせて選抜型の教育機会を設けたり、CDP をしっかり計画的に回すことが定められています。そして、育成状況を指名・報酬諮問委員会などを通じて社外役員にも報告、最終的には当社グループの経営陣を育成するタレントプールのモニタリングまで繋げることを、キャリアの早期段階から行うことを定めており、すでに一部のプログラムが開始されています。(図 8 参照)

(図 8)
経営人財育成

このほかにも、社長と人事部門、外部の視点から後継者候補となる 10 名を選び、育成を行うプログラムも推進していきます。一方、これらの取り組みを進めていく中で、人事部門のケイパビリティに関する懸念が生じました。そこで、データや採用、キャリア開発などがどうあるべきか、OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)シートに落とし込み、一つひとつの取り組みがバラバラにならず、システムとして機能するような設計を主要メンバーで知恵を絞りながら取り組んでいます。(図 9 参照)

(図9)
目標設定

SAP の支援を受けながら、イオンフィナンシャルサービスは、次なる成長に向けた、人事戦略の変革に挑み続けています。

「企業が経営戦略を大きく変えようとしたときには、人事部門もその取り組みを支えられるよう頑張らなければなりません。経営環境が 2、3 か月で大きく変化する中、策定した人事戦略に基づき、グローバルに国境を越え、適材を適時に獲得し、配置をする。人事がいかにアジャイルに人材を獲得して定着させていくかが、企業の中期的な経営の結果を左右する、と改めて実感しています」(三島氏)