80年の歴史を持つ専門商社の山善。個別最適化した基幹システムを SAP Cloud ERP Private で統合し、3つの事業が同居する「3 in 1」のデータドリブン経営基盤を確立

フィーチャー

ビジネスの成長にあわせて事業領域を多角化してきた企業では、事業単位で異なる基幹システムが運用され、個別最適化しているケースが少なくありません。こうした環境は全社的なデータの利活用のみならず、DX の推進や AI 導入の障壁となる恐れがあります。生産財と消費財を取り扱う専門商社として 80 年近くの歴史を持つ株式会社山善も、こうした課題を抱える企業の 1 つでした。同社は 30 年以上にわたって事業部門ごとに運用してきた基幹システムの統合に向けて、SAP S/4HANA Cloud Private Edition を採用。これにより、すべての事業領域をカバーする全社共通の経営基盤が確立され、リアルタイムデータの利活用が可能となるなど、データドリブン経営への一歩を踏み出しています。

DX を阻害するブラックボックス化したレガシーシステム

山善は創業者の山本猛夫氏が大阪で開業した機械工具商を起源とし、1947 年に現在の社名を冠した山善工具製販株式会社を設立して本格的な事業をスタートしました。以来、工作機械、産業機器、機械工具など、世界のものづくりを支える「生産財」を取り扱う専門商社として成長を遂げてきました。1960 年代から 1970 年代にかけては住宅設備機器や家庭機器などの「消費財」の分野にも進出し、現在は「生産財」と「消費財」の 2 軸で事業を展開しています。この過程では、アメリカ現地法人の設立(1965 年)を皮切りに海外市場にも積極的に進出し、すでに 15 の国と地域にサービス拠点を開設し、世界各地の産業の発展に貢献しています。

こうした歴史から、同社の販売・購買・在庫管理を担う基幹システムは、生産財事業、住建事業(住設建材や設備機器など)、家庭機器事業(家具・家電など)のそれぞれで、3 つの基幹システムが個別最適の形で運用されてきました。しかし、30 年以上にわたって独自開発を続けてきたスクラッチシステムはブラックボックス化が進み、もはや改修が困難な状況に陥っていました。ICT 本部 情報システム部 副部長 インフラ課長の渡邉覚氏は次のように振り返ります。

「長年のアドオンとカスタマイズの積み重ねによってシステムの全体像さえ把握することができず、一部を改修しただけで連携する会計システムにトラブルが発生するような状態でした。また、個別システムが複雑に連携しているため、データ連携時のトラブル、データの不整合、情報のリアルタイム性の欠如などの課題もありました」

こうした中、2018 年に経済産業省が公表した DX レポートで「2025 年の崖」が課題として提示され、レガシーシステムの存在が DX 推進を阻害する要因になることが指摘されました。2018 年当時、同社はグローバルビジネスや直販ビジネス、ネットビジネスの拡大といった成長戦略に注力しており、IT 変革と並行したビジネスモデル変革、業務プロセス変革も必須の状況でした。

「政府が警鐘を鳴らす『2025 年の崖』問題は、『現行システムの延命では DX の波に乗り遅れてしまう』という経営層と情報システム部の危機感を象徴するものでした。データの一元化、業務プロセスの統合によってデータドリブン経営を実現するためには、全社最適な事業基盤を再構築する以外の選択肢はありませんでした」(渡邉氏)

10 年先を見据えて SAP S/4HANA Cloud Private Edition のメリットを評価

こうしてデータドリブン経営の基盤構築を目的とした「Nextage プロジェクト」を立ち上げた山善が、そのベースとなる ERP として採用したのが、国内の商社でも導入実績がある SAP S/4HANA Cloud Private Edition でした。海外に多数のサービス拠点を設けてグローバルビジネスを展開する同社にとって、SAP システムの選択はいわば必然だったといいます。

「多言語・多通貨・各国の商習慣に対応したグローバルプラットフォームを構築できるのは SAP 以外にないというのが、情報システム部内の一致した意見でした。経営層からの要請でコスト面についても議論しましたが、今後の 10 年間を見据えた際、現行システムを延命した場合と比較して大きな差がなく、得られるメリットははるかに大きいと判断しました。また、クラウド化によって災害対策を含めたバックアップ環境を整備でき、BCP につながる点も評価しました」(渡邉氏)

Nextageプロジェクト「10年間の軌跡」

2018 年にキックオフした導入プロジェクトでは、最初の半年間を PoC やシステム構想などの準備期間に充て、情報システム部の要員確保やリスクなども考慮して、2 つのステップで SAP S/4HANA Cloud Private Edition を導入する方針を決定しました。

ステップ 1 では、利用年数が長く老朽化が著しい生産財領域のシステム刷新を先行し、2022 年 8 月に本稼働を迎えました。ステップ 2 では消費財領域の住建と家庭機器のシステム刷新と並行して、先行導入した SAP システムとの統合を進め、2026 年 1 月にプロジェクトを完了しました。

プロジェクトの最終ゴールは既存システムの統合ではなく、全社最適なデータドリブン経営の基盤構築にあったことから、ステップ 1 では SAP が提唱する Fit to Standard を前提に、アドオンを極力排除する方向で進めました。しかし、アドオンの抑制を徹底しすぎた結果、ステップ 1 の過程では現場と開発部隊が大きく混乱する事態に見舞われました。

「SAP システムのことはそれなりに勉強してからプロジェクトをスタートしましたが、ステップ 1 の段階では知識不足、経験不足が否めず、アドオン審議会での判定を厳しくしすぎた結果、顧客の要望に寄り添ってきた山善の強みが活かせなくなるのではないかという意見が現場から多く出ました。そのため方針を改めたところ、当初の計画以上にアドオンが膨らんでしまい、計画全体の見直しが避けられない状況になりました」

一方、プロジェクトの体制を立て直したステップ 2 では、ステップ 1 での教訓を活かし、目指すべきシステムの方向性を明確化したうえで導入を進めました。Fit to Standard の方針は変わらないものの、住建と家庭機器それぞれの事業部の要望に丁寧に耳を傾けて柔軟に対応した結果、アドオン・工数ともに想定の範囲内に収まりました。

「ステップ 2 では、業務部門から『これだけは絶対に譲れない』というノックアウト条件が提示されるなど、現場の本気度がステップ 1 とはまったく違いました。一番大きかったことは、ステップ 1 の経験を通じて情報システム部のエンジニアの SAP システムへの理解が深まっていたことです。『これまでのやり方を変えたくない』という現場の声に対しても、業務を正しく理解したうえで対応策を提案することができました」(渡邉氏)

また、ステップ 1 で先行稼働した生産財領域のシステム保守や、プロジェクト期間中に発生した SAP S/4HANA Cloud Private Edition のバージョンアップに対しても、ステップ 1 で活躍したエンジニアが主体となって対応しました。現在は国内拠点への展開を終え、今後は海外拠点のシステムも SAP システムに統合していく考えです。

3 つの事業が同居する「3 in 1」の全社共通基盤を確立

2 つのステップで進められた「Nextage プロジェクト」から生まれた最大の成果は、1 つの基幹システムに 3 つの事業が同居する「3 in 1」の全社共通基盤が確立されたことです。財務会計/管理会計、販売管理、在庫管理、購買管理、プロジェクト管理の領域は、SAP システムが 3 つの事業の共通基盤となり、各事業部門の強みを担保するための機能は周辺システムとして配置しています。その結果、物流システムとの連携においては事業部門ごとに異なるインターフェースが障壁になることもなくなり、新たに物流拠点を立ち上げる際も基幹システムの改修が不要となりました。これにより、大規模物流拠点「ロジス」と小口配送拠点「デポ」を軸とした山善の物流改革が、さらに進展することが期待されています。

Step 2:住建・家庭機器事業部への展開

また、2023 年には独自のデータ分析基盤「YDP(YAMAZEN Data Platform)」を整備し、基幹システムとのリアルタイム連携が実現しています。YDP には、SAP システムのほか、SFA、その他のサブシステムのデータが蓄積され、営業担当者やマネジメント層などが BI ツールを用いて分析・可視化しています。

「当社が目指すデータドリブン経営の中核的な役割を担うのが YDP です。『データは見るためのものではなく、稼ぐためのもの』を全社共通の合言葉として、在庫分析や営業活動と売上の相関分析などに活用しています」(渡邉氏)

現在(2026 年 6 月)は全社共通基盤の本稼働から 5 カ月余りということもあり、業務面や経営面での定量的な効果はこれから測定していく計画です。一方、プロジェクトを通じて SAP システムに関する情報システム部のエンジニアの知識やスキルが向上し、現場の意識に変化が生まれたことにも手応えを感じています。

「すでにふれたとおり、ステップ 1 で苦労したこともあり、ステップ 2 では SAP システムに精通した導入パートナーとも対等な立場で議論し、解決策を検討できるようになりました。エンジニアだけでなく、現場のリーダー層にも業務プロセスをシンプルに変革していく意識が根付きはじめ、こうしたカルチャーの醸成は今後の資産になると確信しています。また DX 人材の確保の観点でも、SAP システムを活用した基幹システムの統合やノーコードツールでの開発に興味を持った若手エンジニアが、キャリア採用で新たな仲間として加わってくれています」(渡邉氏)

中期経営計画の重要なテーマである AI 活用も加速

SAP S/4HANA Cloud Private Edition による全社共通基盤に加えて、YDP という新たなデータ分析基盤が整ったことで、今後は SAP システムに蓄積されたリアルタイムデータを活用して、意思決定のスピードと精度を高めていく考えです。直近では、SAP BO 帳票から YDP への移植を加速させる計画などを進めています。

また、この先の 10 年を見据えて SAP システムの運用保守やバージョンアップを重ねながら、パッケージの標準機能を最大限に活用する「クリーンコア」の取り組みも継続していく方針です。これにより、アップデート対応の効率化や保守性の向上、運用コストの削減、最新テクノロジーへの迅速な適応が可能になります。さらに、エンタープライズアーキテクチャのアプローチにより、周辺システムも含めたすべての IT 資産の最適化にも乗り出す構想です。

クリーンコア回帰を目指す

一方、山善が中期経営計画で掲げる「デジタル融合戦略」の重要なテーマである AI 活用についても、取り組みを加速していく考えです。

「SAP システムのデータを AI 活用につなげるためには、データの純度を高める必要があります。そこで、ビジネスプロセスマネジメント(BPM)ツールの SAP Signavio を活用して標準プロセスのデータと、イレギュラープロセスのデータを識別し、IT の観点から業務プロセスの改善を提案していきます。将来的には SAP が提供する各種 AI ツールも活用しながら、AI エージェントによる業務の効率化にもチャレンジしていきたいと考えています」(渡邉氏)

ブラックボックス化した複数のレガシーシステムを SAP S/4HANA Cloud Private Edition に統合する全社プロジェクトを成し遂げた山善。しかし、同社のデータドリブン経営の取り組みは、これからが本番です。「Nextage プロジェクト」を通じて成長した社内エンジニアの知見、変革を目指す新たなカルチャーに支えられながら、今後のビジネスモデル変革、データ利活用の高度化、AI 戦略の推進においても大きな成果が期待されます。