人事領域におけるグローバルガバナンスの現状と打ち手 ~第5回 日系企業が真のグローバル化を果たすための提言~

フィーチャー

1. はじめに

5回に分けてグローバル人事ガバナンス(本社が直接的または間接的に海外現地法人へ指示を出し、その結果を本社で管理する施策)に関して記述する本シリーズの最終回となる本稿では、日系企業が真のグローバル化を果たすために執るべき打ち手に関して、グローバル人材マネジメント全体の目指す姿やこれから進めるべき人事施策の方向性と言ったハイレベルの視点からの提言を行う。

グローバルに事業を展開されている日系企業の中には、今後さらに海外売上高を伸ばそうと志向する企業もおられれば、「まずは日本」と日本国内の売上高に重点を置いている企業もおられる。本稿内の提案は前者、今後さらに海外売上高を伸ばそうと志向する企業に向けて発信するものである。

2. 「人材マネジメントのグローバル化」の定義

人材マネジメントのグローバル化が目指す姿を語る前に、人事管理学における「人材マネジメントのグローバル化」の学術的な定義を記述する。

アメリカのLoyola Marymount大学のCharles M. Vance教授とYongsun Paik教授が書いた『Managing a Global Workforce」という著書に、グローバル企業の事業戦略および人材マネジメントの種類と、それぞれの関係性に関する記述がある。同書では、事業戦略と人材マネジメントの関係性が、表1のように定義されている。

表1:グローバル企業の事業戦略と人材マネジメントの関係性 『Managing a Global Workforce」(Charles M. Vance, Yongsun Paik, M.E.Sharp, 2006年)
表1:グローバル企業の事業戦略と人材マネジメントの関係性 『Managing a Global Workforce」(Charles M. Vance, Yongsun Paik, M.E.Sharp, 2006年)

 

同書では、各事業戦略に対して1つの人材マネジメントのアプローチが定義されているが、実際の人材マネジメントのアプローチ選定はそんなにシンプルではない、と筆者は考えている。

3. 「人材マネジメントのグローバル化」の実際

これまで多くのグローバル企業の人事と話し、志向されている方向性や足元の課題感などをお伺いしてきたが、実際にグローバル企業で取られている人材マネジメントのアプローチは各職層と人事制度によって異なる。

図1は、実際に取られている典型的なアプローチを図示したものである。

図1:階層・人事制度別人材マネジメントのアプローチ「Managing a Global Workforce」(Charles M. Vance, Yongsun Paik, M.E.Sharp, 2006年)を参考に筆者が作成
図1:階層・人事制度別人材マネジメントのアプローチ「Managing a Global Workforce」(Charles M. Vance, Yongsun Paik, M.E.Sharp, 2006年)を参考に筆者が作成
※1つの階層に2つのアプローチが記載されているものは、企業によって2つのうちのいずれの場合もあり得ることを示す

 
人事関連の本や記事を見ると、
「グローバルA社は本社が決めたグローバル共通の人事制度を各国各社で導入・運用し、グローバル全体で1つのルールの下に…」
と言った、1社1アプローチが採用されているかのような表現を見ることがある。しかし、そんなシンプルかつ大胆な人材マネジメントのアプローチを行っている企業を筆者は見たことが無い。実際は、上記のように職層ごとに適用する制度を選び、各社がグローバルで共通化する制度や運用を事業上必要な部分に絞り込んでいるのである。

4. グローバルに高度人材を活用している企業の共通点

このように、人材マネジメントのグローバル化が目指す姿は各社で異なる絵姿になる。一方で、グローバルに高度人材を獲得し活用できている企業には、以下の4点のように共通で見られる特徴がある。

  • 国籍に関係なく、能力や業績ベースで処遇する
    →一定階層以上の等級、評価、報酬制度を共通化
  • ピープルマネジャーと専門家のいずれも公平に機会が与えられ報われる
    →複線型キャリアパスにおける選択に依らない公平な処遇
     自律型キャリアパスの浸透と機会の提供
  • 国を越えた就業がスムーズに行われる
    →モビリティルールの整備
  • 共通のコミュニケーションツールを整備する
    →言語や稟議フォームの共通化

こういったグローバル共通化施策の展開は、海外のグローバル企業の方が日系企業に比べて圧倒的に速い。ここに、日系企業の人材マネジメントのグローバル化が進まない最大の要因がある。

5. 人材マネジメントのグローバル化に向けたステップと課題

これまで記述してきた人材マネジメントのグローバル化を実現するには、以下の3ステップが必要となる。

  1. グローバル共通の人材マネジメントを行うべき対象(事業、職層、制度や運用)を特定する
  2. 適用するグローバル共通の人事制度を設計する
  3. グローバル共通の運用や管理方法を設計する

一方で、上記の各ステップが遅々として進まない課題についても、日系企業共通で以下の課題が見られる。

  1. トップダウンで意思決定が行われない
  2. 細かすぎる人事制度
  3. 運用支援の機能不全

これら3つの課題を解決することが、日系企業が人材マネジメントのグローバル化の実現に向けて執るべき打ち手になると考える。

6. 人材マネジメントのグローバル化に向けて執るべき打ち手

人材マネジメントのグローバル化の実現に向けて、日系企業が早々に執るべき打ち手は、以下の3点であると思料する。

  1. トップダウン(社長)による人材マネジメントポリシーや制度の導入と宣言
    日系企業では、社長が人事制度など人材マネジメントに関わる施策の号令をかけることは多くない。良くてCHRO、場合によっては人事内の各部や課からの発信となる。その結果、各事業部や各現法から反対の声が上がった時に方針を曲げずに導入ができなくなってしまう。一方で、他国のグローバル企業ではこういった施策は通常の経営マターとして捉えられており、社長がトップダウンで導入の旗を振っている。
  2. シンプルでわかりやすく、運用しやすい人事制度の設計
    良い意味でも悪い意味でも日本の人事制度は非常に細かく設計される。細かさがある分、日本側の意図をくみ取ったグローバル共通の制度の展開は非常に難しくなってしまう。制度を設計しても、それを各現法の現地人材に理解させ、適切に運用させることは難しいからだ。日本の人事制度をそのまま適用するのではなく、現法での運用のしやすさを考慮した制度の再設計が必要となる。
  3. HR ISやSSCの活用や高度化を通じた運用支援機能の整備
    グローバル共通の人材マネジメントの仕組み(制度等)を入れ始めても、HR IS(人事情報システム)やSSC(シェアードサービスセンター)等を含む運用支援の体制が整っていないと、現法の手間だけが増え、結局は適切に運用されない、本社から現法の運用の実態がわか習い、といった状態になる。結果的には元の現法独自の制度が継続的に運用されてしまう。

特に、1を執れず、各事業や各現法とのコンセンサスを得ることに何年も費やしている日系企業は非常に多い。コンセンサスを得ることができても、妥協案として設計された人事制度自体がイマイチであることも多い。

事業展開に関する日系企業の意思決定の遅さはよく耳にするが、人事関連でもボトルネックになっていると思料する。

7. 終わりに

これまで5回に渡り、現地人材の育成や要員人件費管理、現法の人事オペレーションというテーマを通じて、人事領域におけるグローバルガバナンスの現状と打ち手を記述した

最終回の本稿では、テーマを越えて日系企業が執るべき打ち手を記載したが、これを読んですぐに何かを変えようとする企業や人事の方がいらっしゃるとは思っていない。しかし、もし自社の人事領域のグローバルガバナンスに関する取り組みを見直してみようとする企業や人事の方がいらっしゃれば、本シリーズを執筆した筆者としてとても光栄である。

これまで何度も記載してきたが、本シリーズで記述した事例や内容は、比較的多くの企業で発生している事例や内容であるものの、各社の状況によって発生する事象や問題は異なる。もし人事領域のグローバルガバナンスについて課題や悩みをお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひSAPにご一報いただきたい。単に人事システムを売るだけでなく、各企業が持つ人事課題を共に解決し、志向されている人材や人事の姿の実現に伴走することが、弊社SAPの役割であると認識している。