GX をブランド価値に結びつける DX 基盤と地方の中小企業からバリューチェーン全体の競争力を提案するマツモトプレシジョンの取り組みとは?【SAP NOW レポート】

フィーチャー

「最高なビジネスの実現 ~Bring out the best in your business~」をテーマに、7 月 31 日にグランドプリンスホテル新高輪 国際館パーミルで開催された SAP ジャパンの年次カンファレンス「SAP NOW Japan」。SAP ジャパンが DX に取り組むお客様を表彰する SAP Japan Customer Award を受賞したマツモトプレシジョン株式会社の講演では、松本敏忠社長が「THE SUSTAINABLE FACTORY ~社会から選ばれる中小企業の条件~」と題して、地方の中小企業からバリューチェーン全体の競争力強化を目指す同社のDXやGX の取り組みと、そこから生まれた成果について紹介しました。

 

(登壇者)
マツモトプレシジョン株式会社
代表取締役社長
松本 敏忠 氏

 

自社の企業価値を高めて、成果を社員に還元する。
地方の中小企業が改革に踏み切ったきっかけとは

福島県喜多方市に拠点を置くマツモトプレシジョンは、精密機械部品の加工会社として主にロボットで使われる空気圧制御部品や自動車の内燃エンジン部品などの製造を手がけています。従業員は約 150 名、売上高は 2023 年度の実績で約 22 億円です。代表取締役社長を務める松本氏は、2014 年に事業承継の形で入社し、2017年 に社長に就任しています。

マツモトプレシジョンが DX や GX に取り組むようになった背景には、顧客、地域、従業員、求職者、事業の継承者などから選ばれる存在でなければ生き残れないという危機感がありました。

そのため、松本氏が社長として最初に取り組んだのは、自社の行動指針であるミッションステートメントの策定でした。その中で「私たちは、地域社会に認められる『リーディング・カンパニー』を目指します」というビジョンを定め、現在進めている中期経営計画の長期ビジョンとして「THE SUSTAINABLE FACTORY」を掲げ、独自のファクトリーブランディングを推進しています。

「私が目指すのは、自社の企業価値を高めて、その成果を社員に還元すること。すなわち、社員の給与を持続的に引き上げていくことにあります。その実現のために考えた手段が、DX による生産性の向上と GX による環境価値の向上です」(松本氏)

さらに、経営の視点として松本氏が強く意識しているのは、サプライチェーンのハブになることです。

「バリューチェーン全体を意識しながら、データを介して技術や人がつながり、新たな価値を創出するコネクテッド・インダストリーズを発展させていくことで地方の中小企業から日本の生産性を上げるきっかけが作れるのではないかと考えました」(松本氏)

 

共同利用型 ERP を活用した DX で利益率を大幅に改善

DX を今日的テーマと向き合うための共通基盤と位置付けたマツモトプレシジョンでは、2021 年 4 月に共同利用型 ERP「CMEs(基幹統合システムプラットフォーム)」を導入しました。CMEs では、SAP S/4HANA、MES、サプライヤーポータルなどの機能がサブスクリプションで提供されます。

前職の小売業から異業種の製造業に転じた松本氏にとって、社員は仕事熱心で残業もいとわないにもかかわらず給与が上がっていないこと、そして売れ筋の製品はわかっていても、本当の稼ぎ頭がどの製品なのかがわからないことは、入社した当初からの大きな疑問でした。

「その原因は、製品ごとの利益を正しく把握できていないからではないか?」という仮説のもとで松本氏が実態を調べてみると、会社全体の売上や利益は把握できていても、原価はどんぶり勘定で製品ごとの赤字・黒字が見えていなかったことがわかりました。

CMEs の導入からすでに 3 年が経過し、その成果は目に見える形で現れています。

「CMEs の導入による社員のマインドチェンジによって、製品別の収益・原価の把握、部門を横断した全体最適への転換という目標に向かって大きく前進しています。売上総利益は 30 %、営業利益率は 3 %改善され、これによって賃上げの原資も捻出することができました。2022 年は全社員の給与を 4 %上げることができ、2023 年、2024 年も賃上げを実現して社員との約束を守ることができています」(松本氏)

 

GXをブランド価値につなげるDX基盤

マツモトプレシジョンの DX から生まれた成果は、今日的テーマの 1 つである GX の取り組みへもつながっています。現在、同社の工場および駐車場の屋根には 1,975 枚の太陽光パネルが敷き詰められ、ここで生産される電力と非化石証書付電力を組み合わせることで再エネ 100 %の工場を実現しています。

駐車場は東北地域でも最大規模のソーラーカーポートで、駐車台数は 154 台、EV 充電器を 10 台配備して EV 通勤は給電フリーとしています。「当社は日本でも数少ない再エネ 100 %工場の 1 つで、これによる CO2 の年間削減量は約 400 トンにも達しています」と松本氏は成果を強調します。

製造業全体で CO2 排出量の削減が大きな課題となる中、同社の GX・カーボンニュートラルの取り組みは、ERP のデータを使って自社の製造工程で排出された 製品別のCO2 を可視化する仕組み、すなわちカーボンフットプリント(CFP)を算出する仕組みによってブランド価値向上に結びついています。具体的には、同社は CFP を一括計算できる SAP® Sustainability Footprint Management を導入し、製品別の CO2 排出量や、原材料や製造工程別の CO2 排出量を可視化しています。

まず標準 CFP の算定では、年次または新規生産品などであらかじめ設定された標準的な活動量や排出係数を使用して、製品別の標準 CFP を算定。その後、日々の業務の活動量(原材料調達・生産数量など)を用いて、SAP Sustainability Footprint Management で月次または四半期ごとの製品別の実際 CFP を算定した上で、実際 CFP と標準 CFP の比較、差異分析および原因調査を行い、CO2 の排出量を持続的に削減するための対策などを検討します。

「つまり、ERP に蓄積されたデータを有効活用することで、当社は他社の半分以下の CO2 排出量で同じ製品を生産できるようになったということです。このことは企業としての差別化要因となり、当社が社会やお客様から選ばれる中小企業であることの証にもなります。」(松本氏)

 

世の中の知見の活用が中小企業にもたらす価値

松本氏は社会から選ばれる中小企業の条件として、「ビジョン」「今日的テーマ」「経営者のマインドセット」の 3 つを挙げ、「この 3 つの実現に必要なのが DX であり、デジタル技術で変革を目指す DX は今日的テーマと向き合うための共通基盤です」と話します。

最後のまとめとして、マツモトプレシジョンの DX の取り組みから得た気付きとして、松本氏は「DX の取り組みを通じて、世の中にはまだ知られていない多くの知見があること、それを活用することの重要性、そこから生まれる価値を実感することができました。新たな知見を知らないことには取り組むこともできないわけですから、中小企業の経営者はまずここからスタートするべきです」と強調しました。

今後も同じ志を持つ経営者とのネットワークを拡大し、会津地方からさまざまなメッセージを発信していきたいと話す松本氏。地方の中小企業であるマツモトプレシジョンが取り組むバリューチェーンを意識した DX、GX から生まれるさらなる成果には大きな期待がかけられています。