イノベーションを生み出すには、多様な人材が活躍できる文化醸成とともに、テクノロジーを生かしていくことが重要です。しかし多くの企業にとって、本当の意味でのテクノロジー活用はまだ道半ばの状況にあります。本記事では、2024 年 11 月 14 日に日本の人事部主催で開催された「HRカンファレンス2024秋」内のパネルディスカッション「テクノロジーを事業成長に繋げるカルチャー・組織作りの要諦~NECとLIXILの事例から考える」の模様をダイジェストでお伝えします。人事施策におけるテクノロジー活用の具体的な取り組みや成果、さらにAI活用の方策について議論を深めました。

〇 登壇者

堀川 大介氏
NEC 執行役 Corporate EVP 兼 CHRO 兼 ピープル&カルチャー部門長

鈴木 一弘氏
株式会社LIXIL デジタル部門 CDO office リーダー兼人事部門 人事デジタル リーダー

佐々見 直文
SAPジャパン株式会社 人事・人財ソリューションアドバイザリー本部 本部長

登壇者


生産性向上のポイントは生成AI活用

最初に、SAPジャパン佐々見より日本企業が生産性を上げるためのポイントとして、生成 AI の活用を挙げました。中国では 40 %、アメリカでは 60 %が生成 AI を個人利用している一方、日本では 9 %の人しか活用していないことを紹介したうえで、人事領域での AI 活用について次のように語りました。

「人事領域で AI を活用する主な目的は、『業務の効率化』『従業員エクスペリエンス』『組織管理と人材配置の変革』の三つです。生成 AI は文章や画像を生成してくれますが、それだけではなく、エージェント型 AI は社内システムの操作を肩代わりしてくれたり、スキルテクノロジーは従業員一人ひとりの情報をスキルという形で見える化して配置に役立てたり、といった AI 活用事例がどんどん出てきています」(佐々見)

社員 11 万人の声を分析

続いて、NEC 堀川氏が、これまで取り組んできた同社の変革について語りました。

1899 年創業の同社は、2000 年時点で売上高 5 兆 4,000 億円を突破しました。しかし、中国やインドといった新興国が台頭する中で競争力が低下。2010 年代には売上高が約 3 兆円まで落ち込むなど、深刻な経営危機に陥りました。当時の経営陣は顔を突き合わせ、会社全体がどこに向かうべきか存在意義を問い直すため、議論を尽くしました。

「導き出した答えが、『安全』『安心』『公平』『効率』といった社会価値を、自分たちの強みである技術を使って世の中に提供していく会社へと変革することでした」(堀川氏)

2013 年からのフェーズを、社会価値創造型企業を目指す“第 3 の創業”と位置付け、事業ポートフォリオの転換を図りました。しかし中期経営計画をやり遂げることができず、2018 年に社員の力を最大限引き出す実行力の改革「Project RISE」をスタート。これは人を基軸にしたカルチャー醸成を目指したもので、社員の声を経営に生かす人的資本経営と言えます。人事制度改革、働き方改革、コミュニケーション改革をベースとして多岐に渡る施策を展開しましたが、なかでもキーになったのが、新卒採用中心の社員構成に多様性を取り入れた点だと語ります。

「NEC は新卒採用が中心で、同質性の高い組織として成長してきました。しかしグローバル化が進み、環境変化が激しくなった時代において、グローバルでの勝ち方を知らない私たちは、競争に敗れてしまった。だからこそ、グローバルでの勝ち方を知っている外部人材をキーとなるポジションに登用し、変革を推進しました」(堀川氏)

NEC 堀川氏

また、エンゲージメントスコアの向上にも取り組みました。「Project RISE」がスタートした 2018 年のエンゲージメントサーベイのスコアは 19 %を記録。「この結果を見て、当時の経営層は『自分たちはいかに社員の声を経営に生かせていなかったのか』とショックを受けました」と堀川氏は振り返ります。

その後の 2025 中期経営計画においては、エンゲージメントスコアとの相関の高い「全社方針・戦略の浸透」「評価/報酬/登用/キャリア」「働き方/心身のコンディション」の 3 領域に注力。経営戦略の浸透を図るため、社長は就任時から毎月社員とのタウンホールミーティングを実施。グローバル、グループ会社や国内拠点でも対話の機会を設けています。社長だけではなく、他の経営層も社員との対話や発信機会を増やしています。これと併せて社外露出の機会を増やし、外部媒体を活用して会社の考え・方針を積極的に発信することで、社員の「客観的に自社を見る目」を培ってきました。また、役員・部門長・統括部長といった幹部層を中心に、それぞれの横のつながり、面のコミュニケーションを強化。戦略・方針を確実にカスケードしていき、目標を整合させ成果につなげるコミュニケーションにも注力しています。

さらに 2024 年 4 月からは、まずは NEC本体にジョブ型人材マネジメントを本格導入しています。

「NEC では 2018 年より段階的に、ジョブ型のエコシステムとして、制度・仕組み、組織構造や IT システムの整備を進めてきました。事業戦略と人事戦略を連動させ、いかにジョブ型を機能させるかが次のステップです」(堀川氏)

IT としては、SAP が提供する人事・人材管理ソフトウェア『SAP SuccessFactors』を国内外で展開しています。同社は現在、AI の活用にも力を入れています。NECグループの社員 11 万人の声の分析や、社内公募制度「NEC Growth Careers」における候補者とポジションの AI マッチング、さらに業績目標設定の際の壁打ち相手やコーチング、キャリアコンサルティングなど、その活用範囲は幅広い。堀川氏は、「人事領域と AI は大変相性がいい」と期待を込めます。

これらの施策の結果、エンゲージメントスコアは 39 %まで上昇。2025 年までの 50 %を目標に引き続き施策を展開予定だ。営業利益はスコアを取り始めた 2018 年から約 3 倍以上となり、株価も同じく 3 倍以上に上昇しています。

「今後のスコア向上のポイントは、経営戦略をより浸透させ、特に若手メンバーとコミュニケーションを取り、社員のキャリア自律を果たしていくこと、そして働きがいを追求することだと認識しています。これに資する試みとして、役員の課題を新入社員が解決する『リバースメンタリング』を実施。新入社員が単に解決策を示すだけではなく、AI を活用したアプリケーションをその場で作るなど、AI を積極活用しています」(堀川氏)

「カスタマイズ」より重要な「標準化」

続いて LIXIL 鈴木氏が登壇し、テクノロジーを生かした人事業務の変革について共有しました。

同社は経営の基本的方向性を示した「LIXIL Playbook」の中で、自分たちの活動やこれから進めるべき優先課題を公開しています。その中で同社を支える基盤として挙げているのが「グローバル人事戦略」と「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。

グローバル人事戦略のミッションである「私たちは、従業員の誰もが自信を持ちどこででも活躍できるよう、LIXIL を革新的でインクルーシブな組織へ変革します」を達成するため、5本の柱を定義。それが「インクルージョンを LIXIL のDNA に組み込む」「人材育成への投資」「従業員エクスペリエンスの向上」「HR コーポレートガバナンスの強化」「ビジネス変革のための HR 変革」です。

鈴木氏は、「この 5 本の柱すべてに DX 戦略が関わってくる」と話します。

「まずはデータの整備から進めるため、『SAP SuccessFactors』を導入しました。なぜ『SAP SuccessFactors』を選択したかというと、グローバルで展開していく上では、自社の環境にカスタマイズしたシステムよりも、システムの標準機能に合わせて業務の進め方を変更する『Fit to Standard』が重要だと判断したからです。日本企業はカスタマイズすることが効率的・効果的であると捉えがちですが、実はカスタマイズによって変化に対応できなくなることもあるのです」(鈴木氏)

それでも発生する企業特有のニーズについては、「No Code・BI tool」の考え方、つまり IT でなくてもアプリケーションが作れたり、データを可視化できたりするツールを活用しています。

AI 活用に関しては四つのステップを設定した。ステップ 1 は「ニーズの発掘」、ステップ 2 は「運用規則」、ステップ 3 は「データ活用」、そしてステップ 4 は「オペレーションAI」です。現在はステップ 1~2 の間、「ニーズの発掘から運用の規制」の状態だといいます。

「そもそも AI とはどういうものなのか、どんな効果があるのかについて、わかるようでわかっていないのが現状です。そこで今の段階では、投資効果や業務効率化を考える前に、『まずは使ってみる』ことを意識的に進めています。たとえばチャットでの相談や文章の成型、コンテンツ作成などをさまざまな部署でトライし、人事も、ジョブディスクリプションの作成や規則・規定に誤りはないかを判断する場面などで活用を始めています」(鈴木氏)

一方で、鈴木氏は「AI を全て信用することも難しい」と話します。AI がもっともらしい誤情報を生成する「ハルシネーション」やセキュリティー面などの問題がまだ払しょくできていないからです。社内でセキュリティーの在り方やデータの扱い方などを協議し、運用に関する規則づくりを始めた段階にあります。

それでも、今後の AI 活用に大きな期待を寄せました。現在試行錯誤しているのは、社内データを正しく蓄積し、自社に関する質問に正しく回答してくれるような活用法です。過去の問い合わせを数多く積み上げていくだけでは、過去の回答と最新の回答に若干の乖離(かいり)があるなどの理由で、正しい回答を得られないケースも多い。そこで、どれが最新のデータで、何が正しい回答なのかを自分たち自身が整理したうえで AI に学習させるプロセスを踏んでいます。

そして次に目指すのが最後のステップ 4「オペレーション AI」です。

「自分の人事情報や給与情報にアクセスし、更新や管理ができる『従業員セルフサービス(ESS)』を一般の社員が使う機会は年 1 回、あるいは会社員生活の中で 1 回程度です。そのためにわざわざシステム操作を覚えるのはかなり非効率ですよね。そこで AI がアシストすることでデータを正しく登録できるようになれば、わざわざ無駄な学習やコミュニケーションをしなくても正しいデータが得られるようになります。こういったところを目指しています」(鈴木氏)

LIXIL 鈴木氏

AI 活用を目的にしない

最後に、3 氏によるディスカッションを行いました。

佐々見:人事領域で AI を活用していくためには何が重要でしょうか。

堀川:一つは、「恐れずに AI を使う」ことです。一方で、矛盾するようですが、「目的を明確にする。使うこと自体を目的にしない」ことも重要です。IT ベンダーである NECは自社製の AI を持っていますし、ChatGPT を始めとする他社のツールも使いこなしています。経営トップから「AI の積極活用」が推奨され、人事部門では若手を中心に AI を使っています。

失敗もありますが、使っていく中で良いものが生まれ、効果も出てくるようになります。自分たちで使うからこそ、お客さまに自信を持ってソリューションを提案できるようになる。最先端のテクノロジーを私たち自身がゼロ番目のクライアントとして活用するこの「クライアントゼロ」の取り組みを、いま NECでは積極的に推進しています。

佐々見:必ずしも全員が AI にポジティブではないと思います。AI を使っていくことに対してポジティブなマインドを醸成していくために工夫していることはありますか。

堀川:NECには、社内の AI 活用事例をデータベースに蓄積し、検索できる仕組みがあります。違うチームで良い取り組みがあれば、自分のチームにも取り入れてカスタマイズできますし、「じゃあ違った活用法も試してみよう」と別のやり方を考える機会につながります。

さらに、CTO と CIO、CDO がスポンサーになり、優れた事例を生み出した社員に対し、AI などの先進技術を持つグローバル企業や研究所を訪問する研修への参加機会を提供するなど工夫しています。

鈴木:「AI が手の届くところにある」ことが重要なポイントの一つだと感じています。LIXILでは普段使用しているチャットにも AI を導入しているので、社員の中には、人に相談するかのように AI を活用している人もいると思います。

人事の中では、たとえば AI にキーワードを打ち込んで「ワークショップの結果をどのようにプレゼンすれば、自分たちが伝えたいことを効果的に伝えられるのか」を相談しています。日常的に AI を使うマインドは、効果を感じることで勝手に進んでいくものだと思います。

SAPジャパン 佐々見氏

佐々見:視聴者の皆さまに、AI 活用の進め方や注意点についてアドバイスをお願いします。

堀川:まずは「気軽に使ってみる」ことだと思います。ただし、そのデータに関する信ぴょう性や精度、あるいは使う人のマインドなども非常に重要なので、きちんと基礎を押さえることが求められます。

確かに “自分たち流のやり方” も競争力にはなりますが、会社の規模を生かした強さを出すためには、組織構造や各種制度、社員のマインドに至るまで、一定のレベルで標準化することが必要です。標準化によってデータの精度が向上し、AI の使い方に対する社員の意識が高まり、AI の本当の効果が出ると感じています。ぜひ失敗を恐れずにチャレンジしてほしいと思います。

鈴木:データは、きちんと整備しなければ間違った情報を得てしまう可能性がありますが、それでも使ってみなければ効果がわかりません。まずはトライしてみることが非常に重要です。一方で、そろそろ私たちも「ROI(投資利益率)がどこにあるのか」を真剣に考えないといけないフェーズに入ってきています。たとえばスクリーニングを行うとき、「何人のデータを見る必要があるのか」「人が見るよりも AI が見た方が良い結果になるのか」といった仮説を立てて小さい実験を行い、その結果を見てさらに展開しなければいけないと感じています。

もう一つ重要なのがセキュリティー。教育によってセキュリティーが成熟していく面もありますが、データの漏えいリスクもより高まっています。『SAP SuccessFactors』はシステムのセキュリティーの中ですべて完結してくれるので安心していますが、個人データを扱う人事としては、どのようにセキュリティーを担保すべきかを考える必要もあります。

佐々見:グローバルで従業員を抱えている企業では、日本の基準だけでなく世界中の基準を考慮してセキュリティーを考えなければなりません。自社だけでセキュリティーの確保を図るのはすごく大変だと思います。そういったところは、私たちのような専門のベンダーに任せていただけるとありがたいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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