市場変化・地政学リスク、M&A・事業ポートフォリオ変革、AIによる経営スタイルや働き方の本質的な変化を背景に、「標準化されたオペレーション × 高付加価値な判断・提言」を両立する「組織能力」が、これまで以上に求められています。
本稿では、「組織能力」の代表格であるCFO組織に焦点を当て、その土台となる7つの要素

1)北極星
2)組織
3)業務プロセス
4)社内ルール
5)システム
6)データ
7)ヒト

について、事例と最新テクノロジーを交えながら理解を深めていきます。
前編では、1)北極星、2)組織、3)業務プロセスについて考察しました。
今回は後編として、4)社内ルール、5)システム、6)データ、7)ヒトについて、事例と最新テクノロジーを交えながら考察します。

変革要素4 社内ルール

各社のありたい姿である「北極星」に向けた取り組みを実行につなげるためには、実行を動機づける評価やルールをどう設計するかが重要です。「北極星」を描くだけでは変革は進みません。人の行動変容を後押しする上で、評価やルールは大きな役割を果たします。
 
一方、評価やルール設計を機能させるには、「北極星」に向けて何故いま変革を行う必要があるのか、トップマネジメントが社員と丁寧に対話して理解と行動を促すことが重要なのは言うまでもありません。また、社員の変革に対する理解や関わり方の変化を、サーベイなどを通して定量的に可視化・分析して、対話方法の見直しや工夫を積み重ねることも大切になります。
 
欧州ハイテク企業A社では、マネジメントチームが社員に向けて戦略や変革施策を十分に説明しているという自己認識と異なる従業員サーベイ結果を真摯に受け止め、変革の前提となる戦略の理解を深めてもらうための教育研修投資を大幅に拡充しました。同社では、年初にマネジメントから「北極星」に向けた戦略アップデートとそれを支える主要変革施策を丁寧にメッセージすることに加え、戦略・変革施策に対する理解を深めるために工夫を凝らしたトレーニングを必須研修として全社員に提供し、その結果を従業員サーベイでモニタリングしながら改善および各種施策に活かしています。
 
戦略と変革施策に対する理解は実行につなげる土台となるが、その上で適切な評価設計が変革施策の実行を動機づける上で大きな役割を果たします。
A社がCFO領域の変革で当初掲げた北極星が「ビジネスパートナー機能の強化」であり、実現に向けた変革施策の1つが業務をエンドツーエンドで標準化・集約化・自動化することでした。
前編で例示したプロセス管理組織のプロセスマネージャーが旗を振り、各国経理業務をできる範囲で標準化しながらシェアードサービスセンターに集約し、集約後に徹底的な標準化と自動化を推進するのが狙いでありましたが当初は上手くいきませんでした。
各国の社長が、自分の影響力のもと自国で完結させていた経理業務をシェアードサービスセンターに出すことを、様々な理由をつけて反対したのです。
社内政治的な「出す、出さない」の議論は意味が無いと判断した同社CFOは、実行を動機づけるため評価方法の変更に踏み切りました。いわゆる、貢献利益制度の導入です(図表1)。
 

図表1 A社の貢献利益制度

経理業務に代表される同社戦略上グローバル・エンドツーエンドで標準化・集約すべき共通業務コストは、今までは各国社長の業績評価KPIとなる営業利益(貢献利益1)に配賦していましたが、管理会計上配賦を止めたのです。
そして、共通業務のコスト責任および投資して改善する責任はCFOなど当該機能を主管するCXOが持つと責任を明確化しました。
この評価制度変更により、各国社長が経理業務をシェアードサービスに移管することに対して強く反対することは無くなり、同社の共通業務集約化は一気に加速化しました。そして集約した業務は、当初の目論見通りプロセスマネージャーが旗を振り、エンドツーエンドで業務プロセスの標準化・自動化が継続的に実行されています。
なお、共通業務コストは管理会計上、各国社長や事業責任者には配賦していませんが、当然のことながら制度会計上は配賦しており、これらをSAP S/4HANA CloudなどのクラウドERP(*1)上で財管一致する形で実装・運用しています。
 
日系ハイテク企業D社は、これまでも変革に取り組んできたが局所的な改革に留まり、長年棚上げしてきた課題を解決できずにいました。
これらの課題を真正面から取り組んで乗り越えること、そのために制度・プロセス・IT・組織・人・データすべてを再構築するコーポレートトランスフォーメーションを推進することが次期中期経営計画の達成に不可欠と判断し、覚悟を決めて取り組みを進めています。
過去の変革疲れが残る同社でしたが、コンセプト立案開始から実行フェーズに移るまでに役員合宿を複数回行い、時間をかけて事業側の役員も巻き込んでいくことで、トップ層が腹落ちして同じ意識で変革に取り組む素地を丁寧に整備しました。コーポレートに閉じず事業役員も参画させ、改革へのコミットメントを役員のKPIにしたことで、遠巻きになっていた事業役員も自身の想いを言うようになり、変革実行の動機づけにつながったといえます。
 
また、同社は変革施策としてコーポレート機能とコーポレートガバナンスのあり方を再定義する中で、貢献利益制度を導入して全社共通コストの責任の見える化と全社集約の加速を実現しています(図表2)。
 

図表2 貢献利益制度(D社)

以前は事業部長の評価は営業利益で評価していたが、事業部に割掛しているコーポレート費用を外した貢献利益額での評価に変更しました。
そして、コーポレート費用の責任をCxOに紐づけて責任の所在を明確化しました。
コーポレート視点では、変革に伴い大きくなるコーポレート費用を配賦されることを嫌う事業部長の反対の声により、変革に必要な投資が滞る状況を回避できるだけでなく、コストが最終的に事業部門に配賦されることによるコーポレート側の甘えを正すことを狙いに設計しました。
事業部長視点では、自分のコストを使って業務を行うより、全社の共通サービスを使った方が自分の業績評価がよくなることから、共通業務がシェアードサービスに出てくることを副次的効果として狙い設計しています。
 
なお、A社やD社が実践している貢献利益制度の導入・運用では、全社共通コストに関する勘定コードの定義や解釈などを共通言語化し、データを入念に整備しなければ混乱するリスクがある点にも留意が必要です。
例えば、貢献利益に含めるべきコストを共通コストとして故意または誤って記帳することがないよう、関係者と認識合わせと仕組み作りを丁寧に進める必要があります。
まずは貢献利益を可視化するところから始める、特定の事業部門から段階的に導入するなど、各社の状況を踏まえた実現性のある導入アプローチを検討することが不可欠になります。
 
変革を実行につなげる評価ルールとして貢献利益制度を例に考察しましたが、北極星に向けた変革を実行につなげるためのKPI設計は、各社・事業ごとのゴールや直面する課題を踏まえて、関係部門と徹底的に議論を重ねて適切なKPIを導き出すことが肝要です。また、関係者で合意したKPIが本当に正しいか走りながら見直し続けること、外部ベンチマークなどを行い常に競合他社や外部トップ企業と比較した自社の強み・弱みを客観的に評価して見直しに活かすことが、KPIの実効性を維持するためにも大切です。
 
また、評価制度やKPI、ルールは基準を設計・リリースするだけでなくシステムに埋め込むことが定着化の鍵となります。
 
KPIがシステムに蓄積されたデータから自動計算される仕組みが整備されると、データ収集・レポーティングの手間が省け、課題解決施策立案など付加価値の高い業務へのシフトが促されるだけではありません。
データというファクトに基づく会話が国や組織の壁を越えてできるようになり、共通言語でコーポレートと事業部門、事業部門同士が対話する土台にもなります。
 
内部統制などの社内ルールをシステムに組み込むことで、社員やAIはシステムの利用を通してルール遵守を徹底することができ、社員やAIのシステム上の足跡がデジタル証跡として残るため、監査や統制有効性評価業務を大幅に自動化・効率化できるようになります。また、前編で紹介したSAP Signavioによるプロセスマイニングの仕組みを合わせて整備することで、社員により多くの権限を移譲して創造性をフルスイングで発揮することを促しても、エージェンティックAIの適用範囲を大幅に広げたとしても、社内ルールやコンプラアンスから逸脱すると実行できない、またはアラートが周知されて是正される強力なガードレールを設けることができます。


変革要素5 システム

CFOが主管する業務領域の多くは、標準化すべき業務に区分できます。
そのため、標準システムに組み込まれているベストプラクティス(標準プロセス)をFit to Standardで利用することは、将来の変化対応やAI活用を見据えた有効なアプローチです。
ここでは、「組織能力」としてシステムを整備する際の留意点を5つ挙げて考察します
 
1)事業特性を活かした標準化推進(アプリケーションガバナンス)
北極星に向けてあるべきシステムをデザインする際、企業戦略を支えるバリューチェーンの中で標準化すべき業務プロセス、ユニークさを認める業務プロセスを識別してマネジメントで共通認識を持っておくことが重要になります。
前編で触れたD社CEOの実体験に基づく⾔葉が大変⽰唆に富むので再掲します。

マネジメントで合意した共通認識をベースに事業特性を活かした標準化のコンセプトを作り、システムに落とし込んでいる好事例が日系コングロマリット製造業C社です。
同社は、M&Aを活用して北極星に向けた事業構造改革を推進していますが、事業横断でのシナジー効果とデータ利活用の最大化を図るため、ITアプリケーションロードマップを整理して主要アプリケーションとツールを3つに分類してガバナンス徹底を図っています。

 
【C社のアプリケーションガバナンス】
全社統一標準領域=グローバルで徹底的標準化
グループで共通化・標準化を徹底する領域。会計、調達、人財、または基本的なITツール等。

共同利用領域=事業特性ごとに共通化推進
事業モデル毎または地域モデルごとに最適化が必要な領域。領域別の標準化・共通化を徹底。
SCM、原価計算など。この領域は会社の経営方針に沿った上で事業モデル別の裁量を認める。

個別事業領域=競争力の源泉として差異化を許容
事業特性を反映した差別化が必要な領域。R&D、マーケティング、販売、エンジニアリング等。
この領域は各事業の裁量を認める。

 
C社はグループ全体に共通ERPを展開中であるが、大きく事業特性が異なる事業をポートフォリオとして持っているため、ワンインスタンスには拘らず事業特性別にERPインスタンスを分けた設計・運用で進めています。
ERPインスタンスを分けて自由度を残す一方で、インスタンス横断でアプリケーションガバナンスを徹底させることで、事業特性を活かした標準化とグループ全体のデータ利活用を支える経営インフラの整備を着実に推進しています。
 
2)クラウドファースト&AIファースト
クラウドかオンプレミスかという選択においては、AIを組み込んだ最新機能を継続的に取り込みやすく、変化対応力に優れたクラウドソリューションが有力な選択肢となります。
生成AIの進化で人とシステムの対話方法も大きく変わりつつあります。
人がシステムメニューから業務を選び、取引画面を開いて必要なデータを入力して処理を進める従来型の対話から、デジタルアシスタントにチャットでやりたいことを伝えることで、必要な処理を実行して結果を返してくれるだけでなく、次に必要なアクションを提案してくれるという未来型の対話に進化してきています。
 
3)標準化領域は標準アプリケーションを徹底的にFit to standardで利用
Fit to Standardは、言うは易しで実行には困難を伴うことが少なくありません。
成功の鍵の1つは、ビジネス主導で進めることです。
CFO組織主導でIT部門と協働しながらSAP S/4HANA CloudなどのクラウドERP(*1) に代表される標準アプリケーションを導入する体制を組み、Fit to standardを徹底させることが将来の変化対応力向上およびAI高度利用の鍵になるといえます。
 
一方で、グローバル展開の歴史的な経緯やM&Aなどで標準化すべき業務領域のシステムが各国・子会社ごとにバラバラであり、ビジネス主導でも直ぐに変えることが困難なケースも少なくありません。
また、長年培ってきた既存業務プロセスの引力や現場の現状維持圧力に負けず、Fit to Standardを現場で徹底することは容易ではありません。特に日本国内における導入の場合は、日本人の真面目な気質に対する配慮も必要になります(現場が品質や業務の完成度を重視するからこそ、個別要件を残したいという声が生まれることなど)。
「北極星」に向けた標準化領域のクラウドERP Fit to Standardは、マネジメント視点では戦略上の合理性があるものの、現場の個別業務単位で見るとプロセス見直しにより一時的な追加手作業などで生産性が下がるケースもあり、真面目な日本人気質がこれを許さずFit to Standardへの反対につながることもあります。
こうした場合、マネジメント側よりマネジメント視点での戦略的合理性を現場に丁寧に説明して一時的な生産性低下は想定範囲であることを示した上で、今後の継続的な機能拡張やAI活用の中で生産性をあげていくことへの期待について対話してもらうなどの配慮が必要になるかもしれません。
また、前編で例示したA社のように、各業務領域の尊敬されているエキスパートから現場に働きかけてもらい、納得感の醸成を図るソフトアプローチも特に変革初期段階においては有効な手段になります。
 
前章で紹介した社内ルールも、各国各社でバラバラなシステムを段階的に標準システムに統合していく上で有効です。
グループ全体のIT投資責任とコスト責任をCIOに集約する組織体制を整備した上で貢献利益制度を導入し、「高いから共通システムを使いたくない」という海外子会社の反対の声を抑えてグループ全体で段階的に標準システムへの置き換えを着実に進めている日本企業もでてきています。
 
そして、グループ全体で標準システムに段階的に統合する運用を徹底させるには、前編で例示したSAP LeanIXなどのEAツール(*2)が重要な役割を果たす。
ケイパビリティマップ(*2)で標準化すべき業務領域を特定・可視化し、標準化領域ではSAP S/4HANA Cloudなどのグループ標準システムの利用しか認めないというガードレール(統制)を設けて、各国に散在する既存システムを保守切れのタイミングに合わせて標準システムへ移行することをロードマップ上で可視化することで、段階的な標準システムへの統合を徹底することができます。
 

図表3 ケイパビリティマップ 

*ケイパビリティに関する事例詳細はこちらをご参照ください 

また、標準化業務領域では、クラウドERPに組み込まれているベストプラクティスに体を合わせてアドオン開発は行わず、クラウドERPをクリーンに保つクリーンコアを大原則することが重要です。止む無くアドオン開発を行う場合は、SAP Business Technology Platform(*3)上で実装してクラウドERPにシームレスに繋げるというクリーンコアの徹底することで、継続的なアップグレードや最新テクノロジーの活用につなげやすくなります。
 
4)持続的改善の仕組み作りと変化対応力向上
プロジェクトが終わるとプロジェクトにかかわるメンバーは解散となり、そこで進化が止まってしまうことが少なくありません。
ここで大事になるのが前編で詳しく例示したプロセス管理と持続的改善の仕組み作りです。
クラウドERPのFit to standard導入は、今後順次リリースされる最新テクノロジーを適時・適切に活用して業務プロセスの持続的改善を推進する土台になるだけでなく、人とAIが協働して業務高度化を推進する土台にもなります。
 
5)テクノロジーを活用したAIガバナンス
システムの利用者が人からAIに広がり、人とAIが協働した業務高度化を推進する上でAIガバナンスが一層重要になります。同僚またはチームメンバーとしてのAIがどこにいるのか、何をしているのか、社内規定通り動いているか、生産性高く働いているか、こうしたことに対する説明責任を持つのはヒトになります。
こうしたAIガバナンス体制作りを行う際、限られたAI関連リソースを補完する武器としてテクノロジーの活用も十分考慮したいところです。
前編で紹介した、SAP Signavioによるエージェントマイニング(*4)を活用すると、AIエージェントの挙動を監視・分析し、業務プロセスの再設計やコンプライアンス準拠性モニタリングを強力に進めることができ、説明責任を強力にサポートします(図表4)。
また、SAP LeanIXのAIエージェントハブ機能 (*2)により、提供ベンダーを問わず全てのAI エージェントの一覧、利用状況、ライフサイクルの可視化・管理を行うことで、AIエージェントの全体最適配置の支援やAIエージェント乱立の予防に繋がることが期待されます。
 

図表4: SAP Signavio AIエージェントマイニング



変革要素6 データ


「組織能力」をAIでスケールさせる上で、鍵を握るのがデータです。
必要なデータに速く、確実に、同じ定義でアクセスできる仕組みの設計・運用が、AI活用における鍵となります。
ここではデータ利活用の仕組み作りについて先進事例を俯瞰した後、AIに対応したデータ要件と人とAIの協働を支援するデータ基盤について最新テクノロジーを交えて考察します。
 
1)データ利活用の仕組み作り ~事例にみる進化の経緯~
A社のデータ利活用の仕組み作りを俯瞰しながら、新たなデータ管理基盤の役割と可能性について考察します。
同社は、部門ごとのレポート職人が独自に創意工夫を重ねて部門長が見やすいレポートを作り込んできた歴史がありましました。
変革前は組織サイロが強くレポート職人同士の部門間連携も無かったため、レポート職人ごとのKPI定義・解釈や計算方法にずれが生じていました。結果として各部門長の持つレポートの数字が微妙に合わず、数字合わせに時間を要して施策検討や判断が停滞するという事態が各国各部門、そして経営会議レベルでも顕在化していました。

問題解決に向けて、まず抜本的な対策を実施することをマネジメントチームで合意しました。そして、本社にアナリティクス&データ管理の専門組織を新設して、事業・機能組織に散在していたレポート職人を集約の上、グローバル事業・機能横断でKPIや分析軸などの共通言語化やデータガバナンスの強化を段階的に推進しました。

同組織により、グローバル共通のKPIや分析軸など共通言語が組み込まれたダッシュボード・レポートアセットが整備され、ユーザーが必要なレポートを簡単に検索して見つけられるレポートカタログが整備されました(図表5)。
そして、A社の公式会議ではレポートカタログにあるレポートしか使えない(=エクセル・パワーポイント持ち込み禁止)運用を徹底し、トップ自ら共通ダッシュボードを率先利用することを通して共通レポートアセットの共通利用が徐々に組織全体に広がり、国・事業横断で同じ言葉で会話できる環境が整ったのです。

図表5レポートカタログ

A社全社員の半数近くが活用するレポートライブラリーの定着化は、コーポレート・事業・国横断で共通言語でのスムーズな対話につながり、スピーディーな意思決定や生産性向上、データドリブン経営加速化に大きく寄与したといえます。
 
一方、近年はビジネス環境の急変に伴うビジネス側の要望にダッシュボード・レポートなどの作成・提供が追い付かず、アナリティクス&データ管理組織がビジネス部門のデータ利活用の足枷になるという新たな課題が顕在化してきていました。
そこで数年前より、ビジネス要件を聞いて共通言語を組み込んだダッシュボード・レポートを提供するスタイルから、共通言語を組込み再利用可能なデータセットであるデータプロダクトを提供することで、エンドユーザーがビジネスニーズに基づいて自由にデータを活用するスタイルに大きく舵を切りましました。
これは、いわゆる「データの民主化」へのシフトであり、図表6のイメージです。

図表6 データ利活用アプローチの進化 ~データの民主化~ 


ビジネス部門は、都度ダッシュボードをアナリティクス&データ管理部門に依頼して一から作ってもらうのではなく、カタログ上から必要なデータプロダクトを選んだり組み合わせたりして柔軟にダッシュボードを作成することができるようになりました。
 
そして、アナリティクス&データ管理部門は、データプロダクトの利用者をビジネスユーザーからAIに広げ、AIがビジネスユーザーを助けるユースケースを数多く創出する取り組みを進めています。
また、同部門は、AIがデータプロダクトを利用して適切にビジネスユーザーをサポートできるよう、データガバナンスを強化し、必要なデータに速く、確実に、同じ定義でアクセスできる仕組みとして、クラウドデータ利活用基盤であるSAP Business Data Cloud(*5)の整備を推進しています。
 
2)AIに対応したデータ要件
データガバナンスの重要性は言うまでもありませんが、ここではAIに対応したデータ要件について考察します。
AIに対応したデータには様々な捉え方があるが下記3点は留意したいポイントです。


【AIに対応したデータ要件】 (*6)

  ✔️「多様性」(構造化データ+非構造化データ)

  ✔️「継続的な更新」(AI モデル精度維持のため継続的なデータ収集と更新)

  ✔️「データの関係性」(複数のデータソースを統合してパターンや相関関係を学習するため、データ間の関係を適切に管理・共通認識)

 
AIに対応したデータ基盤の重要な技術要素として、ナレッジグラフ(データの関係性をネットワークのように表現する技術)と、データプロダクト(テーブルの中身や利用目的が分かるメタデータ付きのデータセット)が挙げられます。
ナレッジグラフは、複雑なデータの関係性をAIが理解しやすい形で管理し、複雑な依頼の背景や文脈を捉えながら分析・回答するための基盤となります。
AIに対応したデータ要件の一つである「データの関係性」を支える仕組みといえます。
注目すべきは、SAP S/4HANA CloudなどをFit to Standardで活用することで、業務プロセスやアプリケーション、データモデルなどの膨大なデータの関係性を、AIが理解しやすい形で管理する標準ナレッジグラフを活用できる点です。
 

図表7 ナレッジグラフ (SAP S/4HANA Cloudで標準提供されるナレッジグラフサンプル)

データプロダクトは様々な解釈があるが、ここでは共通認識が埋め込まれたデータセットと定義します。
ここでも注目したい点は、 SAP S/4HANA Cloudの業務領域ごとにデータプロダクトが順次標準提供されている点です。 
SAP Business Data Cloud(*5)を通して、SAPアプリケーションの取引データやマスターデータをビジネスコンテキスト(データの関係性等)を維持したままデータプロダクトにリアルタイムに複製される仕組みを利用し、ユーザー企業自身がERPからデータを抽出することなく、ビジネスユーザーやAIは最新かつ意味の保たれたデータをサービスとして利活用できます。
AIに対応したデータ要件の「継続的な更新」を支える仕組みといえます。
 
3つ目のデータ要件である「多様性」にはデータプロダクトの拡張や SAP以外を含む、構造化/非構造化データを活用した AIシナリオを実装できる仕組みが不可欠です。SAP Business Data Cloud(*5)は、SAPデータと外部データを組み合わせた分析・AI活用を支える、オープンなデータ基盤へと進化しており、Snowflake、Databricksに加え、年内にはGoogle BigQueryおよびMicrosoft Fabric、Amazon Athenaなどのデータプラットフォームとの間で、データとメタデータを双方向かつゼロコピーで共有し、データを複製することなく業務の文脈を維持したまま活用できるようになる予定です。
 
3) AIと人の協働を支えるクラウドデータ利活用基盤
ビジネスユーザーやAIが協働しながら業務プロセスの中でデータを利活用するためには、複数のアプリケーション横断でデータの一貫性を確保するためのデータ基盤が必要となります。
各社それぞれの状況に合わせてデータ基盤の整備を進めている中で、AIに対応したデータ利活用基盤に進化するためには何が必要なのでしょうか。
 
AIに対応したデータ基盤では、信頼できるデータに基づき、組織横断で「共通認識」を持てることが不可欠です。そのためには、正確で信頼できるビジネスデータ基盤と業務上の意味・データ形式などが統一されたセマンティックレイヤが必要になります。必要なデータに速く、確実に、同じ定義でアクセスできるセマンティックレイヤの設計と運用が鍵となります。
典型的な現状のデータ基盤、そして最新のクラウドデータ利活用基盤であるSAP Business Data Cloudの2つを比較して、その違いと特徴について考察します。
 
図表8が、典型的な現状のデータ基盤のアーキテクチャーと課題です。
このアーキテクチャーでは、ソースシステム各アプリケーション内ではビジネスコンテキスト(データの意味・関連性・付加情報など)
が保持され、データ品質、整合性、鮮度を維持管理できていますが、データレイクへデータを抽出するタイミングで
元のアプリケーションが持つビジネスコンテキスト(データの意味・関連性・付加情報など)が欠落してしまいます。

この欠落したビジネスコンテキストをデータウェアハウス側で一から再構築し、維持管理するために多大な労力とコストを要する点が大きな課題の一つです。こうしたコストが見えにくいことも、課題といえます。結果として、IT予算の7割以上を維持管理に充て、戦略投資に回せる割合が3割以下にとどまるような経営資源配分にならざるを得ません。
 

図表8 データレイクを前提に構築された情報系システムアーキテクチャの課題

テクノロジーの進化により、こうした課題を大きく改善できる可能性が広がっています。
その具体例として、SAP Business Data Cloud(図表9, *5)を取り上げ、その特徴を見ていきます。
 
クラウドERPアプリケーション内ではビジネスコンテキスト(データの意味・関連性・付加情報など)が保持され、データ品質、整合性、鮮度も維持管理できている点は前者と同じですが、この元のアプリケーションが持つビジネスコンテキスト(データの意味・関連性・付加情報など)をそのままデータ利活用基盤で標準提供される「データプロダクト」として保持することができ、リアルタイムデータ同期により鮮度も維持されるようになる点が大きく異なります。 
データの意味や関係性を保ったまま分析に利用できるため、従来必要だったコンテキストの再構築を抑えることができます。
 
さらに、信頼できるデータプロダクトを分析やAIの基盤として活用することで、ビジネスユーザーの意思決定支援や、AIによる業務支援へとつなげることができます。

こうしたデータ基盤をユーザー企業が一から構築・維持するのではなく、クラウドサービスとして利用できる点も大きな特徴であり、現状と大きく異なる点です。

図表9 クラウドデータ利活用基盤とデータプロダクトによる信頼できるデータ基盤の構築

図表9で示したように、SAP Business Data Cloudには、AIに対応したデータ基盤として以下の7つの特徴があります。

  1. SAPが正確で信頼できるビジネスデータを管理・提供(SAPデータプロダクト)
    SAPデータプロダクトを通じて、ソースアプリケーションのデータ更新を同期し、
    バージョンアップに伴うデータモデルの変更にも対応
  2. 共通データモデルによる整合性の確保
    SAPデータプロダクトの有効化時に、共通データモデルへのマッピングやコード体系の統一などを行い、
    異なるデータプロダクト間の整合性を確保
  3. データカタログによる検索・組み合わせ利用
    ソースアプリケーションから利用可能な状態にされた(プロビジョニング)SAPデータプロダクトは、
    データカタログに登録され、必要なデータを容易に検索・組み合わせて利用可能
  4. すぐに利用できる分析コンテンツの提供
    信頼できる SAPデータプロダクトを基に、即座に利用可能なダッシュボードや分析アプリを提供
  5. 各社固有データの取り込み
    SAP 管理下にないデータソースについては、各社固有のデータプロダクト(カスタムデータプロダクト)
    として同様のフレームワークに組み込むことが可能 
  6. 構造化・非構造化データを含む幅広いデータ活用
    ビックデータ、構造化・非構造化データを統合管理(Databricks, Snowflakeなどとゼロコピー連携)
    ゼロコピーで直接SAPデータプロダクトにアクセスして構造化・非構造化データを組み合わせた
     拡張シナリオの開発・利用が可能(カスタム AI/ML )  
  7. SAP Knowledge GraphによるAI活用の高度化
    AI エージェントはSAP Knowledge Graphを介してユーザーの自然言語による複雑なタスク依頼を、背景となる業務ナレッジやデータ構造とその関係性を正確に理解して、正しく分析、処理を実行 

AIに対応したデータ要件への適合性に当てはめると、「多様性」は主に⑤⑥、「継続的な更新」は主に①④、「データの関係性」は主に②③⑥⑦でカバーされるといえます。

またSAP Business Data Cloudは、DatabricksやSnowflakeなどとのゼロコピー連携を通じて、既存のデータ基盤と双方向にデータを共有しながらビジネスコンテキストを保つ、オープンなデータエコシステムへと進化をし続けています(図表10)。

 

図表10 SAP Business Data Cloudが実現するオープンなデータエコシステム


 
AIに対応したデータ利活用基盤が整うことで生成AIも広く日常業務に組み込まれ、人はシステム操作に習熟しなくてもインタラクティブに必要な情報や推奨アクションおよびその根拠を参照しながらアクションにつなげることができるようになります。
また、ビジネスコンテキスト再構築と維持に多大な労力とコストを使う必要がなくなり、IT開発もAI活用で大幅に生産性向上が期待できるため、IT予算の戦略投資、維持管理投資比率を逆転させることにも期待できます。


変革要素7 人

AIおよびデータ基盤が整備されたとしても、社員がそれを活用して仕事の仕方を変えようとしなければ、変革は進みません。
よく言われることですが、最後に鍵を握るのは「人」です。
ただし、ここでいう「最後は人」とは、北極星、組織、プロセス、社内ルール、システム、データという「組織能力」を整えた上での話です。「最初から最後まで人」に頼るだけでは人が疲弊し、本来持つ能力を十分に活かせなくなります。
 
「組織能力」を構成する各変革要素考察の中で触れてきた通り、人のマインドセット変革には、戦略と変革施策に対する社員の認知・理解を深めるための対話が重要です。そして、理解度や実行状況など継続的にモニタリングする仕組みに加え、評価ルールなど変革実行を動機づける仕組み作りが不可欠になります。
 
企業価値と連動する株式報酬の活用も戦略・変革を実行につなげる上で有効です。
上位役職者における株式報酬割合の拡大や自社株買いの対象者拡大、譲渡制限付株式ユニット(RSU)の導入などは、日本企業でも導入・検討が進んでいます。
 
また、昨年と同じやり方では最大7割しか評価しないことにより、AIなどを活用した新たな仕事の仕方を促す取り組みを特定事業部門でパイロット導入して成果を出しつつある日本企業もでてきています。
 
こうした取り組みと合わせて、包括的・統合的なチェンジマネジメントの仕組み作りも大変重要になります。
A社では、従来変革プログラムごとにチェンジマネジメントを推進してきましたが、数年前より複数の全社変革プログラムを横断した統合的なチェンジマネジメントを段階的に導入しています。
本社チェンジマネジメントCoEチームが主導して、ロール単位で複数の全社変革プログラム横断で社員に与えるインパクトの可視化を行い、全社共通のチェンジマネジメント方法論(ADKARアプローチ)に基づいた変革プログラムの導入と推進を行っています。
ADKARアプローチに基づき、社員がなぜ変わるのかを認識(Aware)して変わりたいという欲求(Desire)を生み出し、どのように変わるかの知識(Knowledge)を習得し、変革を実行する能力(Ability)を得て自ら動きチームで動く(Reinforcement)という社員の気持ちの変化を踏まえた仕掛けを、変革プログラムごとにプレイブックやガイドラインとして纏めて各拠点における展開に役立てています。
また、変わることの必要性を疑似体験する研修設計と実行、チェンジマネジメントをビジネス成果と紐づけてビジネス主導でのチェンジマネジメント推進をナビゲートするなど、変革プログラムを成功させるためにチェンジマネジメントも持続的改善と工夫を積み重ねています。
 

図表11 変革プログラムを成功させるためのチェンジマネジメント考え方

日系ハイテク企業D社は、コーポレート変革を下記3つのフェーズに分けてデザインし、チェンジマネジメントを実効性のある形で織り込んでいます。
 

To-Beコンセプトを策定する
あるべき姿(北極星)を定義することで長期にわたるコーポレート変革でもゴールを見失わずに済む

Transformation Journeyを描く
道筋を定めることで長期に渡るコーポレート変革で行うことが明確になる

Quick-Win 継続し続ける
小さく成果を出し続けることで長期にわたるコーポレート変革でも熱量を維持できる
 

各ステップにおいて、継続的な社員向け対話により改革の必要性を繰り返し伝達するだけでなく、社長自ら登壇する圧倒的回数のタウンホールミーティング・Web・動画を通してトップの声を継続的に発信し、施策方針・Quickな効果もつぶさに発信することで社員からの理解と賛同を獲得しました。
 
そして、小さな成功を出し続けることにより, 長期にわたるコーポレート変革への熱量の醸成にも配慮しています。
例えば、スマホですべての申請ができるなど社員が改革の効果を実感できる取り組みを優先し、社員における変革プロジェクトの自分事化、能動的な全社変革プロジェクトへの参画と現場浸透を促進しています。
変革には時間がかかるため、社員が「自分たちは良い方向に向かっている」と実感できるように変革をデザインすることが大切です。
 
ヒトの脳力には限界があります。
よって、「事業」と「組織能力」を分けて考え、ヒトの脳力に「組織能力」という下駄を履かせて余力を作り、余力を社会・市場・顧客への価値提供拡大に繋げること、更にAIを活用してスケールさせる仕組みについて、前編・後編を通して考察してきました。

図表12:「事業」と「組織能力」: ヒトの脳力に「組織能力」という下駄を履かせて余力を作る

 
「組織能力」を全社事業横断で整えることは、事業戦略の実行力および事業のスピードの向上、事業間シナジー創出につながります。プロセス・システム・データが整うことで、AI予測・最適化が可能になり、ルール明確化によりAI判断を業務に組み込みやすくなり、人のマインドが変わることでAIを「使う前提」で改善と人とAIの協働が回りはじめます。
「組織能力」が弱ければ、事業もAIも、人とAIの協働も“点”で終わります。一方、「組織能力」が整えば、それらを“面”で広げ、組織全体へスケールさせることができます。
 
ここまで、「組織能力」の代表格であるCFO組織に焦点を当て、その土台となる7つの要素、1)北極星、2)組織、3)業務プロセス、4)社内ルール、5)システム、6)データ、7)ヒトについて、実践事例と最新テクノロジーを交えて考察してきました。本稿が、各社における「組織能力」の見直し、将来の方向性を考える上でのヒントになれば幸いです。

*1 クラウドERP:
SAP S/4HANA Cloudを中心とするSAPのクラウドERPは、ファイナンス、調達、サプライチェーン、人事などの主要業務を統合し、業務横断・バリューチェーン横断で企業活動を支えるクラウドソリューション
*2 ケイパビリティ / EAツール:
ケイパビリティマップについては、SAP LeanIXを活用してビジネスケイパビリティとアプリケーションの関係を可視化
EAツールについては、SAP AI Agent Hub in SAP LeanIXを活用してAIエージェントの利用状況やライフサイクルを可視化・管理
*3 クラウド開発基盤:
SAP Business Technology Platform(SAP BTP)は、クリーンコアを維持しながら、SAPアプリケーションの拡張・連携やアプリケーション開発を支えるクラウド開発基盤
*4 エージェントマイニング:
SAP Signavioは、業務プロセスのモデリング・可視化とプロセスマイニングを一体的に提供。SAP AI Agent Miningなど、AIを含む業務プロセスの分析・改善を支援する機能も提供
*5クラウドデータ利活用基盤:
SAP Business Data Cloudは、SAPデータと外部データを統合し、信頼できるデータを分析やAI活用につなげるクラウドデータ利活用基盤
*6 AIに対応したデータ要件:News Picks AIプロジェクトの成否を分ける「AI-ready data」  
https://newspicks.com/news/13826368/body/?ref=topic-mhayashi 
 
 
参考文献: ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか 村田聡一郎著 プレジデント社