協和キリンが描く人事戦略とグローバル変革の軌跡 – Life-changing な価値を継続創出する「強くしなやかな組織」への挑戦

フィーチャー

HR Connect Tokyo 2025レポート

製薬業界において「Life-changing 」な価値創出を続けるために、組織はどう変わるべきか―。急速なグローバル展開を遂げる協和キリン株式会社が、2030 年ビジョンの実現に向けて取り組む人事戦略とデジタル変革の実践は、多くの企業にとって示唆に富む内容となっています。2025 年 8 月 6 日に開催された『HR Connect Tokyo 2025』では、同社常務執行役員 CPO・Global Human Resources Headの板垣 祥子氏が、経営戦略と人事戦略の連動による組織変革の取り組みについて語りました。

〇登壇者

協和キリン株式会社
常務執行役員
Chief People Officer (CPO)兼 Global Human Resources Head
板垣 祥子 氏
板垣様

 

 

 

 


患者の声から生まれた「Life-changing」というビジョン

板垣氏の講演は、同社会長(当時社長)と一人の患者さんとのエピソードから始まりました。同社製品を使用するヨーロッパの患者さんに対し、社長が「このお薬は、あなたにとってどのような存在ですか」と尋ねたところ、患者さんは「It’s Life Changing(私の生活、人生を変えてくれた)」と答えました。

「この言葉に非常に感銘を受け、私たちのビジョンの中に取り入れたいという社長の想いを受け、『Life-changing value』という言葉は、私たちのビジョンとしてグローバル全体に浸透していて、私たちの非常に大切なキーワードとなっています」(板垣氏)

協和キリンは、麒麟麦酒の医薬事業部から発展したキリンファーマと協和発酵工業が 2008 年に合併して誕生した企業です。以来、日本発のグローバル・スペシャリティファーマを目指し、メガファーマとは異なる独自の価値創出に挑戦してきました。大きな転換期となったのは 2018 年のグローバル製品のローンチと、翌 2019 年の One Kyowa Kirin(OKK)体制の発足です。(図 1 参照)

(図 1)
沿革

「2019 年は私たちにとっての本格的なグローバル化元年と言えるのではないかと思っています。この経営基盤のグローバル化、そしてグローバル製品の価値最大化というところに 2019 年にぐっと舵を切って、そこからいまも変革に向けての挑戦を続けているところです」(板垣氏)

現在、同社は 50 以上の国と地域の患者さんに製品を届け、海外売上高比率は 72 %に達しています。2018 年のローンチ以降、グローバル製品の売上は毎年堅調に成長し、北米・ヨーロッパが占める割合が拡大している状況です。こうした事業環境の急激な変化に対応するため、同社は 2021 年に 2030 年に向けたビジョンを策定しました。「協和キリンは、イノベーションへの情熱と多様な個性が輝くチームの力で、日本発のグローバル・スペシャリティファーマとして病気と向き合う人々に笑顔をもたらす Life-changing な価値の継続的な創出を実現します」というものです。

ビジョン実現の鍵は「ストラテジーとチーム」の両輪

協和キリンの組織変革において特徴的なのは、2030 年に向けたビジョンを「チーム」と「ストラテジー」の 2 つの要素から成り立つものと捉えていることです。経営陣は、チームがビジョン実現において必要不可欠で、ストラテジーと同じ、あるいはそれ以上に重要な要素であると位置づけています。この考えに基づき、同社は 2022 年に  CxO 体制を導入し、より一層の自主性、責任感、スピード感を業務執行側に求める体制を構築しました。現在の組織体制は、日本/アジア・オセアニア( 4,259 人)、北米( 672 人)、EMEA( 547 人)の 3 つのリージョンに加え、英国本社を構え、幹細胞遺伝子治療に注力している Orchard Therapeutics( 191 人)を含む構成となっており、CxO  をハブとしたマトリクスマネジメントでグローバル展開を推進しています。(図 2 参照)

(図 2)
マネジメント

組織変革を推進する経営チームを理想のチームとして作り上げ、機能し続けるため、同社では「One Kyowa Kirin Round Table(OKK Round Table)」を定期開催しています。これは意思決定の場ではなく、戦略、財務、人・組織、文化、社内外環境などについて自由に熱く議論する場として位置づけられています。経営チームは毎回、「best management team in the world」になるためのアイスブレイクから議論を開始し、体験で得られた経験やストーリーをシェアしています。この OKK Round Table で大切にしていることが「セカンドペンギン」です。これは勇気を出して挑戦するファーストペンギンを決して一人にせず、全力で支援するチームになることを目指しています。板垣氏は、真のムーブメントを作るのはファーストペンギンではなくセカンドペンギンであることを説明しました。

このラウンドテーブルでの議論の成果として、2024 年には 2030 年ビジョンの実現に向けた道筋を示す事業戦略「Story for Vision 2030」、そして2025 年初にはストラテジーを推進しビジョン実現に欠かせない人・組織・文化のありたい姿や行動を示す「KABEGOE Principles」が策定されました。(図 3 参照)

(図 3)
ヴィジョン

組織文化変革の中核を担うのが「KABEGOE Principles」です。KABEGOE は「壁を乗り越える」という意味で、コンフォートゾーンから一歩踏み出してビジョン実現のためにどんな壁も乗り越えるという同社のグローバルスローガンです。KABEGOE Principles は同社の 4 つの Core Value(Commitment to Life、Integrity、Innovation、Teamwork/Wa)に基づく 11 の行動指針から構成されています。新入社員から社長に至るまで全員がこの 11 項目を日々実践することで、社員一人ひとりの行動が KABEGOE Culture を作り上げていくことを企図しています。(図 4 参照)

(図 4)
壁越え

HR の役割転換―管理者からファシリテーターへ

板垣氏の講演で注目すべきは、人事部門の役割に対する考え方の大きな転換です。CPO 就任当初は中央集権的なアプローチを考えていたことを率直に明かしました。

「私は CPO を拝命したときに、『よっしゃ』と腕まくりをして、より強い人事を作ろうと思っていました。しかし変化の速い現在の事業環境では、そうしたアプローチは適切ではなかったと考えています」(板垣氏)

「ビジョンはストラテジーとチームから成る」という考え方のもと、協和キリンでは従来の中央集権型でプロセスを厳格に管理する HR と、複雑なプロセス・システムに合わせるために多くの時間を割くリーダーという関係の変革に取り組んでいます。組織やリージョンで統一感のないバラバラなプロセスについても、グローバルで共通化してシンプルなものに変えていく方針を掲げています。現在は、HR の役割をチーム作りのデザインやファシリテートを担う存在と位置づけ、実際にチーム作りを行うのはビジネスリーダーという考えに変わっています。

「HR の役割は HR のプロフェッショナルとしてリーダーをエンパワーし、彼らによるチーム作りをファシリテート、支援すること。そしてリーダーの役割は、ビジョン実現のために必要な 2 つの要素、ストラテジーとチームをつくりあげ、その両輪でメンバーをビジョン実現にリードすることです」(板垣氏)

たとえば、KABEGOE Principles の浸透については、ビジネスリーダーが明確なオーナーシップを持てるよう、オンボードの機会を設けています。KABEGOE Principles をはじめとする人・カルチャーに根差した施策を人事が作ったものではなく自分たちで作ったものとして、ビジネスリーダー自身がメンバーへの浸透をリードする環境を整備するため、年 2 回のカルチャーワークショップを 5 年間継続して実施しています。こうした考え方に基づき、同社は「Core HR Strategy as of 2025」として 5 つの戦略を展開しています。(図 5 参照)

(図 5)
HRの価値視点

特に「Enterprise Leader」について板垣氏は、「広い視野と高い視座を持って、自分の仕事、自分の部署のためだけではなく、他の部署あるいは会社全体のために行動できるリーダーシップを発揮する人材のこと」と説明しました。

SAP SuccessFactors 導入―走りながら実現したグローバル HR の礎

HR 戦略の基盤となるデジタルトランスフォーメーションについて、板垣氏は協和キリンの SAP SuccessFactors 導入について詳しく語りました。Global マトリクスの OKK 体制の始動と同時に 2019 年から Global HRIS(グローバル人事システム)の構想検討を開始したものの、Global HRIS 導入によって実現したい姿を描き切る前にビジネスのグローバル化が待ったなしの状況となりました。このため、走りながらあるべき姿を描き、短期間でモジュールを選び取りながら導入・実装を進めるアプローチを採用しました。

「理想のやり方ではなかったかも知れませんが、SAP SuccessFactors の特徴の 1 つである、モジュールごとに必要なものから入れることができる、この点が私たちの待ったなしのグローバル化という点では非常にマッチしました」(板垣氏)

約 3 年かけて、2021 年の SAP SuccessFactorsEmployee Central を基盤として、SAP SuccessFactors Performance & GoalsSAP SuccessFactors Succession and Development 、2022 年の SAP SuccessFactors Career and Talent Development 、2023 年の SAP SuccessFactors Compensation など、現時点では主要モジュールをグローバルに実装しています。(図 6 参照)

(図 6)
グローバル

現在、同社は「基盤を整えるフェーズ」から「実際に使い倒すフェーズ」への転換期にあります。海外売上比率が 7 割を超え、真の意味でのグローバルなタレントマネジメントが必要とされる状況です。一方で、運用を通じてさまざまな課題も見えてきました。タイトル、ポジション、スキルなどのデータ定義や、採用・異動といったプロセスの進め方がリージョンやファンクションで異なる状況について、どこまでグローバルで共通にするか、どこまで SAP SuccessFactors で管理していくかといった検討が必要となっています。多くの日系企業と同様に、ユニークで複雑な仕組みや制度が数多く存在する中で、日本発のグローバル・スペシャリティファーマにふさわしいグローバル人材マネジメント基盤の構築は容易ではありませんでした。

「グローバルスタンダードを既に揃えて、パッケージで持っている SAP SuccessFactors というのは、何が世界の標準なのか教えてくれる、道しるべとなったと思っています」(板垣氏)

この道しるべを頼りに、Fit to Standard による個別案件の最小化や、協和キリンとしてのグローバルスタンダードの模索を進めてきました。現在は、HR からビジネスへの価値提供に SAP SuccessFactors をいかに活用するかを改めて考え、データ・プロセスの整備など、あるべき姿をアップデートするタイミングに来ています。講演の締めくくりとして、板垣氏は同社の KABEGOE Principles の 1 つ「Be Brave and Agile」に言及しました。製薬企業という、命と向き合うことを生業とする業種であることもあり真面目で慎重なタイプの社員が多い同社において、ビジョン実現のためには、その真面目さを大事にしながらも、より大胆な変革が必要だという思いがこの Principles に込められています。自身が「走りながら考える」という表現を提案したものの採用されなかったエピソードを交えながら、SAP SuccessFactors の導入について振り返りました。

「いま振り返ると SAP SuccessFactors の導入事例は、私たちにとってはまさに『Be Brave and Agile』の体現であったと誇らしく思っています」(板垣氏)

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