企業戦略実現に向けてコーポレートトランスフォーメーションを着実に推進する企業が日本でも増えてきています。
明確な北極星(ゴール)と経営陣のスポンサーシップの元、組織・プロセス・ルール・人(マインドセット)・データ・システムの6つの変革要素を六位一体で進めているのが変革を上手く進めている企業の特徴といえます。6つの変革要素は経路依存性があるケースが多いため各社状況に合わせて強弱をつけながら一体的に取組むことが大切になります。
6つの変革各要素個別の取組みについて関連事例記事を添付しますのでご参照ください。
【 プロセス(*1)、人/マインドセット(*2)、データ(&アナリティクス)(*3)、システム(*4) 】
事業や機能部門横断で全社変革を推進する上で、中立的な変革推進の仕組み作りが大きな役割を果たすケースも増えてきています。例えば日本電気株式会社(NEC)は社長直下にトランスフォーメーションオフィス(*5) を設立し、事業およびコーポレート機能の横ぐしを通す第三の軸として機能させることで2025中期経営計画実現に向けた全社変革施策を着実に推進するなどの成果に結びつけています。
本稿では、変化激しい環境のもとコーポレートトランスフォーメーションを推進する際、「企業戦略と実行」、「ビジネスとIT」を繋ぐ鍵の1つになる「エンタープライズアーキテクチャー(EA)」の構成要素、「ビジネスケイパビリティ(業務遂行能力)」に焦点を当て、その有用性や活用法について実践事例を交えて考察していきます。
デジタルを活用したコーポレートトランスフォーメーション推進上必要な要素
日々進化するデジタルテクノロジーを最大限活用して変革を加速化させたいというのは各社共通の方向性といえます。問題はどうやってそれを実現するかになります。デジタルテクノロジーを変革施策に効果的に織り込み、ビジネス成果に繋げている企業の特徴として以下3点に注力している点があげられます。
・ビジネスプロセス
・データ&アナリティクス
・ピープル&カルチャー
これらの取り組みや6つの変革要素を企業戦略との整合性や全体最適の視点で十分に有効性を発揮させるためのフレームワークがエンタープライズアーキテクチャー(EA)ですが、特に日本企業においてはEAに対する取組みが十分とは言えない状況といえます。
以降、日本では馴染みが薄いものの、エンタープライズアーキテクチャー(EA)の専門職であるエンタープライズアーキテクトは米国の人気職種であり(*6)、デジタルを活用した全社変革には欠かせないエンタープライズアーキテクチャー(EA)の構成要素の1つ、ビジネスケイパビリティ(業務遂行能力)に焦点を当て全社変革における役割・効果について考察していきます。
エンタープライズアーキテクチャー(以下EA)とビジネスケイパビリティ(業務遂行能力)
EAは、組織全体の業務とシステムをモデル化し、企業戦略とITを整合させ、組織全体が目標に向かって一貫性を持って進むための設計図を提供します。企業戦略に沿ったIT資産の配置、ビジネスケイパビリティ可視化によるプロセス・システム投資優先順位判断、プロセスやシステムの冗長性可視化と排除、システム依存関係・リスクの可視化などの役割を果たします。
そして、EAの構成要素の1つとなるビジネスケイパビリティは、企業のビジネス目標を達成するために必要な組織の機能や能力を体系的に整理する概念といえます。ビジネスケイパビリティは企業戦略を具現化するための要素として機能し、ビジネス目標達成に必要なビジネスケイパビリティを支えるITシステムを特定することで戦略とITアーキテクチャーの整合性が高まり、効果的な投資やリソース配分が可能になります。
実践例に学ぶビジネスケイパビリティを活用した戦略とITアーキテクチャー、そして実行の繋ぎ方
ビジネスケイパビリティの有効性および活用方法について欧州ハイテク企業A社の実践事例を考察します。
同社はM&Aを活用しながら物売りからサービス型にビジネスモデル変革を推進しているグローバル企業です。
もともと機能部門毎に変革を進めていた同社ですが、ビジネスモデルシフトに向けた全社変革に取り組む際、事業・機能の組織横断で変革を推進する機能を担う中立的組織トランスフォーメーションオフィスを設立しました。
そして、企業戦略の目標を財務・非財務KPIに落とし込み、戦略実現に向けたビジネスケイパビリティ(業務遂行能力)を可視化および外部ベンチマークすることで注力すべき業務領域を特定してIT投資を含む戦略施策に繋げています。過去の失敗を通した学びから、戦略施策には「チェンジマネジメント」と「エンドツーエンド視点でのプロセスマネジメント」を常にその中核として織り込むようにしています。そして、目標KPIへの寄与度を定量的にモニタリングして経営資源配分の再評価ができるよう変革推進の仕組み作りを工夫と試行を重ねながら進めています。
一方、同社は数年前まではフレームワーク(*7)に沿ったEAが明確に存在しておらず、ハイレベルなガバナンスはあるものの各ビジネス部門や機能部門が比較的自由にアプリケーションの選定・継続利用を判断できていたため企業戦略とITアーキテクチャーの整合性が十分取れておらず、不必要にシステムが拡大している状況でした。
現在は、EA構成要素のビジネスケイパビリティが「企業戦略とITアーキテクチャー」、そして「ビジネスとIT」を繋ぐ共通言語の1つとして重要な役割を果たしているものの、そうした考え方やフレームワークは当時の同社には存在していなかったのです。
そこで、コンサルタントとして他社でEA導入経験豊富なエキスパートをEA部門リーダーとして配置し、EAリーダーが自社に合わせて簡素化したフレームワークをベースに戦略実現に向けたあるべき姿(ターゲットアーキテクチャー)とビジネスケイパビリティのデザインを関連部門の理解・協力を得ながら比較的導入しやすい機能領域よりスモールスタートで始めました。
ビジネスケイパビリティについては外部コンサルティングファームが提供するビジネスモデル別ベストプラクティスのケイパビリティモデルを雛形にしてA社ビジネスモデル変革用に部分修正したケイパビリティマップを策定しました。
図表1 ビジネスケイパビリティマップ
次に、A社の各ケイパビリティの成熟度を、プロセス、システム、データの視点で同業他社および異業種類似ビジネスモデルのトップレベル企業と比較・評価を行い、企業戦略実現に向けて優先的に強化すべきトップ10ビジネスケイパビリティを特定しました。外部ベンチマークで注力すべきケイパビリティを客観的に評価できる点はこうしたフレークワークを使うメリットの1つといえます。
ビジネスケイパビリティはSAP LeanIX(*8)で可視化し、戦略的重要度と成熟度が一目で分かるように工夫しています。図表2はA社のビジネスケイパビリティマップになります。紫色が戦略的重要度高いケイパビリティ、★の数(5段階)が成熟度を表しているため、戦略的重要性が高いが成熟度が低いケイパビリティが経営資源を投入すべき領域であるとビジネスもITも共通理解で特定できるようになりました。
図表2 SAP LeanIXを利用したビジネスケイパビリティマップ(戦略的重要性と成熟度)
難しいIT用語でなくビジネスパーソンも理解できるビジネスケイパビリティを共通言語として、戦略実現に向けたITアーキテクチャーや投資配分を議論できるようになったことが、企業戦略とITアーキテクチャー、そしてビジネスとITを繋ぐ架け橋になったといえます。
ビジネスケイパビリティの戦略的重要性や成熟度はEA部門および当該事業・機能部門が四半期毎に見直しており、ビジネスケイパビリティに関連する施策の優先順位・投資配分の見直しに繋げています。
そして、ビジネスケイパビリティ強化に向けたIT投資施策には、企業戦略実現への寄与を目標KPIとして割り当て、定量的にモニタリングができるように工夫を積み重ねています。所謂バリューマネジメントになりますが、これは以前同社内IT導入の目的がスケジュール通りの本稼働のみになっており、IT導入によるビジネス成果まで意識が向いていなかったことに対する反省という側面もあります。
このバリューマネジメントはなかなか難しい取組みであり同社もまだ旅の途中ですが、例えばプロセス/IT施策のKPIデザインにはFP&Aメンバーが入り適切な目標設定になるようナビゲートするなどのトライアンドエラーを重ねながら改善を積み重ねています。
また、ビジネスケイパビリティ導入と合わせて、初期段階で策定・定着化に注力したのがガードレール(統制)になります。
ガードレールは、企業戦略実現を支える目指すアーキテクチャーに至るための道から外れることの無いようにプロセス、アプリケーション、データ、各プログラム横断で統制をかける仕組みであり、ビジネスケイパビリティ毎に利用可能なアプリケーションやテクノロジーをガイドするものになります。
A社は企業戦略実現および将来の変化対応力を確保するために「クラウドファースト」、共通化業務領域はSAP S/4HANAやSAP Concur/SAP SuccessFactors/SAP Aribaなどの標準クラウドアプリケーション(*9)を「フィットツースタンダード」でグローバル共通利用、差異化・個別化業務領域における追加開発要件はSAP Business Technology Platformを利用したクラウド共通開発基盤(*10)上で開発を行うことで標準アプリケーションをクリーンに保つ「サイドバイサイド」と呼ばれるアプローチをとりました。この方向性に沿ったITアーキテクチャーに導くためのガードレールをEAフレームワークに沿って策定し、遵守されるようガバナンス体制の整備・改善を進めています。
ビジネスケイパビリティとガードレールの策定、ビジネスケイパビリティを共通言語としてIT投資の優先度判断することに対する経営陣の理解、そしてそれらを推進したEA組織やトランスフォーメーションオフィスなどの変革推進の仕組みの存在と地道な取組みが、同社企業戦略とITアーキテクチャーの整合性、事業ポートフォリオとアプリケーションポートフォリオの整合性を支える土台になったといえます。
デジタルを活用したEA可視化・共有とコーポレートトランスフォーメーションへの活用
EAやビジネスケイパビリティもエクセルやパワーポイントでは変化対応力や組織横断での情報共有、適時適切な意思決定に繋げるという観点で実効性を保つのが難しくなります。
例えば、ある企業のCFOがシステム刷新を伴うファイナンストランスフォーメーションの推進を行う際、ビジネスゴール達成に必要なビジネスケイパビリティを支えるシステムとして各国でどのような会計システムが導入されているのか、各国の会計システムが今後求められる機能要件・技術要件を満たしているか、ある国の会計システムを変えるとどこでどのような影響が出る可能性があるのか、そして各国会計システムの保守期限がいつなのか、などをIT部門に調べてもらわなくてもダッシュボードですぐに分かる状態であれば、適時適切な展開計画立案に寄与することになります。
クラウドベースのEAツール、SAP LeanIXを活用することで企業のビジネスケイパビリティとIT資産をマッピングし、どのケイパビリティがどのシステムに依存しているかを可視化し、SAP Signavioなどプロセス管理ツールとの連携(*11)によりプロセスフローもシームレスに確認できるようになります。
今回のテーマから少し外れますが、プセスオーナーを設置してエンドツーエンド組織横断で業務プロセスを可視化・構造管理していくことが、企業戦略に沿ったビジネスプロセスの最適化を促し、EAおよびケイパビリティに沿ったIT資産最適配置を進める上でのもう1つの鍵になるため、プロセス管理ツールとEAツールの連携は大切なポイントになるといえます。
企業戦略実現に向けて強化すべきビジネスケイパビリティを可視化し、そのケイパビリティに関連する企業内すべてのアプリケーションやビジネスプロセスを一目で確認できるダッシュボードを提供することで、企業戦略とITアーキテクチャーの整合性を図り、実行に落とし込むことを強力に支援することができます。
図表3 EAツールのユースケース
一方で、「EAやビジネスケイパビリティはITがやること」 という認識だと経営陣のアテンションを得ることができず、企業内における浸透・定着化は難しくなります。
デジタルを活用したコーポレートトランスフォーメーション推進にはビジネスとITの協業が不可欠であり、そのためには両者を結ぶ共通言語が必要になります。「ビジネスケイパビリティ」は、「ビジネスプロセス」と同様に共通言語として機能することが期待されます。
企業戦略に沿ったITアーキテクチャーを整備し、事業ポートフォリオ最適化を支えるITポートフォリオ最適化を持続的に推進する仕組み作りは、ITがすべての業務の土台として組み込まれている現在においては事業・機能横断で取り組むべきテーマの1つといえます。
EAおよびビジネスケイパビリティともに日本では馴染み薄い言葉ですが、本稿がデジタルを活用したコーポレートトランスフォーメーションの更なる推進および企業戦略を実行に繋げるための武器として再考する一助になれば幸いです。
*1: プロセス – SAP News center 「コーポレートトランスフォーメーションとビジネスプロセスマネジメント ~全社変革推進におけるビジネスプロセスマネジメントの活かし方~」
*2: 人/マインドセット CFO Forum 147号_実践例からまなぶ体験の事業管理およびDXプロジェクトへの織込み方
*3: データ(&アナリティクス)- SAP News center 「テクノロジーを活用したデータ利活用仕組み作りと今後の方向性 ~異種システム横断でのデータ活用と生成AIによる将来展望~」
「データを活用した経営・事業管理高度化実践事例 ~SAPにおけるテクノロジーを梃にしたFP&A進化の経緯と学び~」
*4: システム CFO Forum 117号 変革を支える企業システム構築上の留意点
*5: NEC、コーポレート・トランスフォーメーションを加速する変革プロジェクトを開始
~プロジェクトを牽引するTransformation Officeの立ち上げ~
*6: 米国の人気職種The 10 best U.S. jobs of 2022, according to Glassdoor (cnbc.com)
*7: TOGAF:TOGAF® 標準は、グローバルなIT標準団体であるオープン・グループのアーキテクチャ・フォーラム(アーキテクチャ技術部会)が長年にわたり開発してきた、エンタープライズの経営意思に立脚したITシステム体系(ITアーキテクチャ)を策定するための手法およびツール
*8: SAP LeanIX
*9: A社はSAP S/4HANA, SAP SuccessFactors, SAP Concur, SAP Ariba, SAP Fieldgrass などを標準アプリケーションとしてグローバル共通利用
*10: A社はSAP Business Technology Platformをクラウド共通開発基盤として利用することで標準アプリケーションをクリーンに保ち、アップグレードやAIなどの新機能導入をスムーズ・タイムリーに行うサイドバイサイドアプローチを採用
*11: A社はプロセスモデリング・マイニングツールとしてSAP Signavioを採用
本ケースでは、SAP LeanIXからSAP Signavioへのシームレスな連携機能を利用して、SAP Signavio側でモデリングされたプロセスフローを参照